サプライズ&サプライズ&サプライズ
現代設定のカルジナです。(初出2023.7.1)
「嘘を吐かない」と「隠し事が下手」は似て非なるものである。
これからジナコはどうすれば良いのか。どうもしないのが最善なのだろう。見なかったコトにする。なんて無茶ぶりだ。
ジナコは見つけてしまったモノに気が遠くなりそうだった。思わず「嘘でしょ」と素で呟いてしまうぐらいには、そのエンカウントは予測不能だった、――というか予測できる人間はいない。誰がキッチンで「それ」と出会うと思うだろうか?
「しかも野菜室っスよ? ……酔っぱらってたんスかね」
ない話ではない。ジナコも百薬の長の過剰摂取により、メガネやスマホを冷蔵してきた。
何故そこにと言われても、そんなことはわからない。酔っぱらいとはそういうものだ。ジナコはそれなりに把握している相手の行動パターンを思い出す。
「カルナさんっスからねぇ」
彼はド真面目に「それ」を野菜室に入れたのではないだろうか?
まず、酔っぱらったカルナの行動はジナコにくっつく一択である。こちらが邪険にしようが知ったことかと、距離を詰めてくる。そしてあちこち揉む。理性の箍がほぼ全壊している。つまり「それ」を(野菜室であれ)隠すより、欲求に従う。そして翌日に蒼褪めるまでがワンセットだ。
「今までだいたいそう」
やらかすのはジナコの専売特許ではないのだ。
ジナコの経験がカルナは素面であったと言う。彼は正気で「それ」を野菜室に入れた。ここであればジナコが気づくことはないと踏んだに違ない。何故ならそこにアイスとコーラはいない。彼女の生態を良く踏まえている。
『経験がものを言う、というやつだな』
ドヤッとする男が見えた気がして、ジナコは苦い顔をした。シミュレートの現像度が異様に高い。
カルナはジナコに関して本も書けると評判だった。そう評される理由はわかるが、当の本人は過分な評価だと言っていた。
多くにおいて自己評価の低いカルナだが、これについては妥当と言えよう。ルーチンを好むジナコだが、十年かそこらで詳らかにされる生態はしていない。実際、カルナはジナコを見誤った。故に彼女は途方に暮れる羽目になっている。
「もっと他にあったでしょ。絶対にあった。ベッドの下とか、そういう定番をなんでスルーする!」
バシバシとジナコはテーブルを叩いた。
カルナはジナコに「それ」を隠しておきたかった。その心情は汲める。しかし野菜室はない。どう考えてもない。大前提として、隠し場所に共用スペースを選ぶな。
おかげでジナコは見つけてしまった。アイスを取り出そうとして冷凍室と間違えたのだ。どうしてこのタイミング!? とはジナコが言いたい。
自慢ではないが、ジナコは間の悪い女だった。補足すると、カルナは運の悪い男である。当人は幸運を自認しているが、あの自信はどこから出てくるのだろうか?
「見なかったことにしたい。今日だったら目も当てられない~」
よもやカロリーの補充で、こうも頭を悩ます目に出くわそうとは。バニラアイス二つではまったく間に合わない。チョコも必要だ。
ベタリとジナコはテーブルに突っ伏した。その視線の先にはスマホがある。時刻はお昼を過ぎたところだった。
「カルナさんはバレたと思ってない。ミリも考えてない」
少しでもその危惧があるならば、ジナコに「今日の昼」と題してマウンテンカレーの画像を送ってきはしまい。ジナコは「夕飯はカレー希望」と返していた。
はっきり言って腹いせだが、カルナは毎食カレーでも苦にならない男であるので、効果のほどは不明である。すぐにオーケーのスタンプが付いたところを鑑みるに、何も堪えていない。
「ご機嫌にカレー食べてる絵しか浮かばないっス」
カルナは何を食べても「美味い」と言うタイプの男だった。
それが悪いというわけではないが、ジナコはいまだにカルナの好き嫌いを把握していない。カレーを完全食と思っている気はする。彼女は週に一度はカルナの「カレーは良いものだ」と呟く姿を見ていた。
なお、ランチ報告は頼まれれば断らないカルナが休憩をとっているかの監督である。休憩と休日は人類の義務だ。だがカルナは往々にしてその義務をサボる。月火水木木金金。一日三食をサラッと一食以下にする。ジナコが「見張らねば!」とルーチンに組む込むほどには、カルナの生存本能はアレだった。
人間、水と空気では生きていけない。「塩分も摂っている」と言われても安心できる要素は生まれない。ただでさえ幽鬼のような白い顔をしているというのに、基本スペック以上に人間と幽霊の境界線が薄くなる。ホラーを越える。
『顔面蒼白なんてもんじゃない! 幽霊の方がまだマシな顔色してるしてるっスよ!?』
『お前に霊の知り合いがいたとは初耳だ』
『ド真面目に天然言ってる場合かぁあー!!』
ジナコは塩のかわりにカレーをぶん投げた。栄養バランス何それ美味しいの? なレトルトカレーでも食べないよりはマシ。
顔面でレトルトパウチを受け止めたカルナは呆けた。何故に驚いた。絶食云日目の腹にレトルトカレーという香辛料と化学調味料の混沌を寄越す女に唖然としたのか。
生憎、ジナコの家にお粥はないし、そも米がないし、あったとしても彼女にお粥を作るスキルはない。できることと言えば「カレー食べて寝ろ!」とキレるくらいである。
我ながら性もない。しかしその性もない女のところに文字通り身体を引きずってもやって来るのだから、カルナも大概、性懲りもなかった。だからまぁ、こういうトンチキなイベントも生まれるのだ。
「今晩はカレー。……ということは、今日ではない、はず」
だが今日かもしれない。カルナのなかで、カレーがどの位置にいるかがわからない。
「どっちにしても詰んでる。見つけたって絶対にバレる」
ジナコは嘘つきだが、嘘と演技もまた似て非なるものである。カルナを見て挙動不審にならない自信がない。
しかも相手はジナコの嘘への見識が深いときている。彼女が世紀の大女優並みの演技をかましたとしても、百二十パーセントの確率で勘づくだろう。ゲームバランスが大破している。
ジナコは一瞬、これは見つかることを見越していたのでは……? と疑ったが、すぐにその疑念はぶん投げた。あの男にそんな企画力があるわけがなかった。万に一つだが、これを計画通りだというならば、ジナコはその頭を全力で引っ叩く。彼女にも一角の乙女心はあり、それは相手も承知のはずだ。
「ほんと何で野菜室に入れたぁああ~っ!」
ジナコの訴えに答えはもちろん返って来ない。唯一答えを知る者はマウンテンカレーを食べている。こちらの懊悩を知りもせず――これを小憎らしいと言わずして何というのか。脳裏には見つけたものが鮮明だ。
瑞々しい野菜に包まれるように「それ」はあった。具体的にはセロリの隣。野菜室で見るからに何かを主張するリングボックス。
ジナコは目を疑った。今でも「見間違いでは?」と思っているが、三度、野菜室を開けても現実は変わらなかった。よもやセロリとビロードの箱を一緒に見る日が来ようとは。人生何があるかわからなさ過ぎる。
リングボックスの内容は、ジナコの左手の薬指専用カルナの給料三か月分だった。
準備していることは知っていた。なにせこの三か月ほど、毎日薬指を計測してくるので。あれでバレないと思っている方がどうかしている。当人も気づかれていることは察していた。彼女の手に触れては、何かを飲み込む顔をしていた。その顔を見るジナコの心情については黙秘権を行使する。
そう遠くない未来に訪れるであろう人生の契機。それがいつかは不明だった。一年後かも知れず、今日かもしれない。右往左往し七転八倒をした上に相手にも周囲にも迷惑をかけまくったが、給料三か月分へのジナコの答えは変わらない。
この感情がカルナにどれだけ伝わっているかはわからない。こちらが引くほど前向きな男だが、意外とネガティブに拗らせる時もある。特に彼女に起因するラブとライクにおいては拗らせる。
「でもだからって、どういう思考回路してんスかぁ……」
サプライズにも作法があろう。それがどんなものかジナコはとんと知らないが、記憶に残るという点では正解なのか。
グルグルと思考するジナコの前で短くスマートフォンが震える。オーケーのスタンプの次にカルナがメッセージをつけたのだ。
ジナコがカルナの休息を監督するように、カルナもジナコの食生活に目を光らせている。彼は、ジナコは放っておくとスナック菓子とレトルトで生きていくと思っている。それはあながち間違いではないが、今日のジナコのランチは一味違う。
「食らえ! これが本日のジナコさんランチっスよ!!」
ピロンッと通知を知らせる音にカルナが素早く反応する。その様はフリスビーを前にしたイヌを彷彿とさせる。この男の様を待ちわびているというのだろう。
だがアシュヴァッターマンが生温く見る間に、カルナの様相は喜色から名状し難いものになった。よほど度し難い食事であったのか。アシュヴァッターマンは無作法を承知で、その写真に視線を向けた。
「――セロリだな」
アシュヴァッターマンは見たままを呟いた。
スナック菓子が基本、レトルトであれば上々。その女が野菜。とうとうこの男の涙ぐましい、もとい諦めるの二文字がない努力が実を結んだのか。
「おい、カルナ。良かったじゃねぇか……」
男の肩を叩こうとしてアシュヴァッターマンは異変に気がついた。
ガタガタとテーブルが揺れている。地震――ではなかった。カルナがすさまじく動揺しているのだ。
人間そこまでガタガタできるのかというレベルであるし、カルナが真顔であるのでより現実味が乏しい。AI生成画像と言われた方が真実味がある。
「あいつが野菜食ったからって、んなに驚くことかよ――ってっ!!」
絶句するアシュヴァッターマンの目前で、本日のチャレンジメニュー。マウンテンカレーが傾しいだ。
「ボクだけ慌てるのは不公平っスからね。カルナさんも何も手につかなきゃいいんスよ」
真っ赤な顔でセロリを頬ばるジナコは、カレーの洗礼を受けた男が不意打ちの帰宅をする未来を知らない。
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