月夜の式日
カルジナティック5開催おめでとうございます!開催嬉しいの気持ちをつめつめしたら、いつものカルジナになりました。(初出2023.6.10)
初めて知った。結婚式に参列すると、帰りは想像以上の大荷物になる。
新郎新婦渾身の引き出物はもちろん、披露宴会場のテーブルブーケ、メッセージカード等々あれやこれ。気づけばジナコは、オタクの祭典帰りのように紙袋をガサガサしている。歩き辛いことこの上ない。家まで無事に帰れる気もしない――と言いたいが、そこはきっちり手筈が自分の足でついて来た。
ジナコと同じだけの紙袋を提げている男は、彼女とは違い歩くのに苦労していない。これは体格差か、はたまた身のこなしの違いか。間違いなく両方だが、とりあえず彼だけであればとっくに帰りついていただろう。この白髪の美男子の家がどこにあるのか、ジナコには皆目見当もつかないのだが。
(これも引き出物ってとこっスかね)
新郎新婦の良い笑顔が脳裏を過る。行きは有無を言わさず式場までご招待。帰りは満面の笑みで見送られた。作意を感じるなという方が無理である。
(この人はこの人で「任された」の頼まれたら断らないのいつもだし)
今までどうかと思ってきた男の信条だが、今日はジナコの心情と合致した。なので、彼女は男としょうもない話をしながら家路を辿ってきる。とはいえ、何事にも終わりは必要だ。お互いの帰る場所は別にあり、生きる明日も違うのだ。わかっている。だからこそ思う。
(呼ばれて良かった)
今日もその前も。召喚されて《よばれて》良かった。
かつてジナコはとある場所で、神霊の疑似サーヴァントをしていた。今日、嘉日を迎えたのは彼女のマスターだった。
結婚式の招待状が神霊の依り代に過ぎないジナコに届いた訳は、思い当たる節しかない。招待状を開いた瞬間に、神霊と英霊と妖精と幻霊でごった返している会場にまろび出る羽目になる心当たりも有るしかない。マスターの望みとあれば、手を挙げる者は限りないのだ。そして英雄は「出来る」と「やる」の二択で生きているところがある。
ジナコは久しぶりに「ふぎゃぁああ!」と淑女にあるまじきシャウトをした。その悲鳴を聞きつけた白髪のランサーの行動については伏せる。とりあえず、式場に穴を開けずに事が納まったのは僥倖だった。女神には「めっ」と叱られたが。
賑やかな声が耳に蘇ったようで、ジナコは緩く息を吐いた。仰いだ空は夜に染まり始めていた。今宵はフルムーンであるらしい。影絵のような家々の合間に、白々と大きな円が見える。
「良いお式だったっスね」
「あぁ、見事なものだった」
ランサーが迷いなく頷く。ジナコはその白皙にニヤッと笑った。
「そう言えばカルナさん、いつ練習したんスか。あのご存知かってやつ」
披露宴の出し物は多岐に渡ったが(チェイテ城は都合八回爆発炎上したと付記しておく)、マハーバーラタの二大英雄が披露したのはダンスだった。ジナコはド真顔で舞台に出てきたランサーとアーチャーに度肝を抜かれたし、その後のキレッキレのダンスにはもっと魂消た。いくら英霊であれ、あれはアドリブでできるレベルではなかった。
「以前から練習はしていた。その日が来れば頼むと言われていたからな」
「ふぅん。ねぇ、ボク何もしてないけど良かったんスかね……?」
神霊の疑似サーヴァントではないジナコに出来ることなど皆無に等しいが、やれることなら頑張った。そのやれることが、極々少ないだけで。つまり何もなかったということは、頼めることがなかったということでは……?
気づいた事実にジナコはガクリと首を落とした。紙袋もガサリと地面に落ちかける。しっかとジナコの手ごとカルナが掴んだので事なきを得たが、――本当に、結婚式帰りは荷物が多いものだった。
間近で瞬く白い睫毛。青い目には野暮ったい女がいる。この光景を再び見る日が来るとは思わなかった。
「何も、ということはあるまい。今日もお前の人生だ。二人の式日を生に刻む。それは死者にはできないことだ。お前は今日を忘れないだろう?」
「忘れないっスよ。あんなの、これからも今までもずぅーっとそう!」
ジナコにも、そういう瞬間は意外とあるのだ。月もその裏側も天文台での日々も、今この時も。マフィアみたいな恰好をした絶世の美男子と歩いた家路を、ジナコは生涯に幾度も思い出すのだろう。
(月が昇る)
気づけば真円は、夜空の真ん中で輝いている。ジナコは自らを支える手をペチリと叩いた。
「ここまででいいっスよ。カルナさんも帰らなくちゃ」
この「帰る」は死者と生者では意味が異なる。もっとも、神霊の知識の離れたジナコに詳しいことはわからない。彼女自身の才はそんなものだった。
彼のマスターで在るには足らず、隣に立つのも神霊の底上げがあってやっとだった。
こうして何もないジナコがカルナといる。それは奇跡と言っても良かった。十二分だ。満ち足りて笑おうとしたジナコに、しかして爆弾を落とすのがカルナという男だった。
「そのことなのだが、ジナコ。オレは帰れない」
「カエレナイ」
カタコトで繰り返したジナコにカルナが首肯を返す。その顔は真剣そのものだ。まずカルナは冗談は言っても嘘は言わない。
「えっと、帰れないって、どゆこと。座に戻れないってこと?」
「あぁ、その認識で相違ない」
「ど、どうして」
問いながら、そう言えば、とジナコは遅まきながら思い至った。カルナがあまりに普通なので忘れていたが、彼女の世界は神秘が枯渇している。英霊が現界するなどあり得ないのだ。このランサー、まさかまた黙って無理をしていたのだろうか?
ピシリと硬直したジナコをどう思ったのか、カルナはガサゴソと紙袋を漁り始めた。よもや、引き出物のバームクーヘンでジナコを宥めるつもりではあるまいな。
カルナはジナコには甘味を与えれば良いと思っているところがある。悄然としたカルナが持って来る甘味にジナコが絆されやすいのは事実だが、いつも同じ手が上手くいくと思ってもらっては困る。
グッとジナコは身構えた。そんな彼女にカルナは帰れないワケを差し出した。
「理由はこれだ」
「待って! なんで聖杯が紙袋から出てくるの!?」
「引き出物だ」
「マジで!? 引き出物が聖杯ってある!?」
新郎新婦の写真絵皿の方がまだ理性がある。
「な、なんでカルナさんだけ」
カルナのことだ。また何か厄介事を引き受けたのだろうか? ジナコの分は赤の弓兵監修のバームクーヘンワンホールなのだ。
わななくジナコに、カルナは困ったように眉を下げた。
「これはブーケトスの代わりだそうだ」
「ブーケトス?」
ブーケトスとは、花嫁が招待客に花束を投げることではなかったか。聖杯トスなど聞いたことがないし、仮にあったとしてもその場面を少なくともジナコは見ていない。
なるほど、一つアタリがあったと。引き出物にアタリがあるとは、結婚式はジナコの知らないことが多過ぎる。
「聖杯はオレには過ぎたものだ。これは返そうと思っていた。本当だ。……だが、オレはお前と別れる時に想ってしまう。今日もそうだ。もっとキミといたいと、生きたいと願ってしまった。それで、だな」
カルナの視線が徐々に下がっていく。叱られるのを覚悟している。
あぁ、そうか。ジナコは予感した。カルナは無用な心配をするのが得意な男だった。
「それで、どうしたんスか」
「オレの願いが叶った」
抜群に好みの声が、聖杯があるのを忘れていた。ジナコと話すことに夢中であったのだと言い訳をする。最後まで言いたいことを言うのも時には困る。ジナコは今、自分がどんな顔をしているかわからない。こちらを見つめる男を見るに、悪い顔はしていないのだろうけれども。
「つまりどういうことなの? わかりやすくお願します」
「受肉した」
「マジか」
「マジだ」
「いつ」
「ついさっきだが。気づいていなかったとは、さすがジナコだ」
「何がさすがっスか! 気づかなくって悪かったっスね!!」
最底辺マスターだった女のポテンシャルを甘くみてはいけない。そも彼女はそういうコトは夢にも見てこなかったのだ。寝て起きたら戻っていた現実に「そういうものだ」と笑ったのだ。時には、泣くより笑う方が楽なこともある。だというのに、――本当に人生というのはわからない。
「そうかぁ、受肉してたか~。気づかなかったなー。カルナさん、そういうコトはもっと早くに言ってよね」
「努力する」
ジナコの愚痴にカルナも真面目腐った顔をする。なんて芝居がかった――どうして笑わずにいられるだろう?
ジナコは肩を震わせて笑った。カルナも小さく唇を緩ませている。思えば、ジナコもカルナも笑うことが上手くなっていた。
役割を終えた聖杯が、真円の月明りに溶けていく。もう万能の願望器はない。カルナは帰れない。なんてネガティブな言い方だろうか。
「カルナさん、これからどうするの?」
「オレは、お前と生きたい」
とつりとカルナが望みを口にする。
それはとても良いことだ。カルナがジナコと生きたいと言う。その色彩は独りぼっちの女を幸せにする。
だけれど、それだけではダメだ。カルナには悪いが、ジナコは紙袋という空前絶後に雑な出現をした聖杯に負けていられない。
「んー、もう一言。聖杯はないけど、叶う願いもあるかもよ? たとえば、ほら、ここにいるジナコさんに言ってみたりとか……」
語尾が尻すぼみになったのは、聖杯に圧倒的勝利を決めたと気づいてしまったからだ。目の前の人にジナコは知った。大切な人の喜びは、黄金よりも宝石よりもキラキラとしている。
「ジナコ、オレと生きてくれないか」
「ふひひ、いいっスよ。――そのかわり、カルナさんも一緒に覚えていってよね」
たとえば、今日を、大切な人たちの式日を、この人生の一ページを。
それは、死者では叶わない。今を生きる者たちの自由なのだ。
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