イチオシと特別

現代設定のカルジナです。(初出2023.3.21)


在庫処分だった。ジナコがカルナに手編みのマフラーを渡したのは、作ったものを一回も使わず捨てるのはもったいないような……? という身も蓋もない理由が九割。残り一割は「寒そうだったから」である。

初めから彼に渡そうという意図はなく、そもそもマフラーを編むに至ったきっかけが、周りが全員やっているので自分もという同調的惰性。ジナコが中学生の頃、そういう流行があったのだ。一過性のもので、その年の冬が終わる前には廃れたらしい。その頃にはジナコは学校に行かなくなっていたので、翌年にも同様の現象が起きたのかどうかを知らない。次の冬も、ジナコはマフラーを編んでカルナに渡したけれども。

「渡さないと、カルナさんずーっとくたびれたマフラーしてるんスよ。よれよれのくたくたの、さすがに見てられないし、居た堪れない」

メイド・イン・ジナコのマフラーの耐久性能など推して量るべし。一度の洗濯で毛糸が解けるレベルだ。それを年単位で使うなど、首に毛糸を引っかけて歩くようなもの。ああいう物は渡すことに意義がある。それが越冬する。

補足すると、ジナコはドギツイピンクの毛糸でマフラーを編んでいた。つまりカルナはドギツイピンクの毛糸を首にかけて歩く。もはやアヴァンギャルドだった。彼が空前絶後の美形であれ、限度はある。

翌年の冬。薄暗い部屋でも悪目立ちする鮮やかすぎるドピンクに、ジナコは唖然とした。「デジマ?」と頑なに閉じていた口を間抜けた言葉で開いてしまうくらいには、その姿は強烈だった。

『そのピンク、何』

『マフラーだが。……まさかと思うが、己が生んだものを忘れたのか?』

『かーっ、絶妙に身に覚えがないって言えないラインを攻めてくる!!』

『覚えがあるのか』

『あるっスよ!!』

言い切ったジナコに、カルナはホワッとした。表情筋はまったく仕事をしていなかったが、雰囲気が華やいでいた。ジナコはガッデム! と天を仰いだ。

当人は会心のコミュニケーションを打ったつもりかもしれないが、デリカシーがない。カルナは産みの母親に「知らない」と言われている。その彼に対して「知らない子ですね」ムーブがどうしてできようか。

カルナは自らが孤児であることも、養子であることも承知していた。そのことに引け目や鬱屈を感じている様子もなかった。少なくとも、ジナコの目の届く範囲では。

カルナが如何なる理由で生母と対面したのか、ジナコは知らない。大人の事情というやつなのだろう。「嘘を吐いていた」と話す彼は、傷ついていたのかもしれず、事実を口にしただけであったのかもしれない。ジナコは下手な慰めも見つからず、一人で狼狽えていた。独りになった後であれば「生きているだけマシじゃない」くらいの暴言を吐くが、あの時のジナコが感じたモノは、そうではなかった。

何はともあれ、ドピンクの毛糸に戻った元マフラーは見過ごせない。何故ならアヴァンギャルドだ。

『それ、在庫処分っスよ。カルナさんはいらないの押しつけられたの。わかってるんでしょ?』

『わかっている。お前がオレにこれを渡した理由も承知している』

『デスヨネー』

最初から贈る目的で編まれたものでないことは、出来栄えを見ればわかることだ。ドピンクであるのも、一番安い毛糸を選んだからだ。

『わかってるなら、さっさと捨てちゃってよ。カルナさん、なんでそんな不満げな顔をする』

『寒さは感じない』

『絶対気のせい』

毛糸自体は良い品だ。ドピンクでなければ、ジナコでは手の出ない代物だった。首に巻くだけで温かいかもしれない。鮮やか過ぎるピンクは、カルナの血色を(少しだが)良く見せた。

カルナは髪も白ければ肌も白い作りものめいた容貌の男だった。ドピンクのマフラーは彼に愛嬌を抱かせる……かもしれない。だが事はそういう話ではない。

捨てろと言っても聞かない。新しいのを買えと言っても「必要ない」の一点張り。埒が明かぬと、ジナコがマフラーを買って渡した時の顔は見物だった。あんな苦い顔でプレゼントを受け取る男もそうはいまい。

だが用意されたものを無碍にもできず、しかしジナコのマフラーを「捨てろ」という言葉に頷くこともできず、途方に暮れた目で見つめてくる。あの目はズルい。どんなに酷い言葉を投げつけようとも、真っすぐにジナコを見てきた青が揺らぐのだ。

気づけばジナコは「これは見本っス! それほどけてるから、もう一回編み直すの!!」と、自分で自分の首を絞めるコトを言っていた。あれから十余年。

「それから毎年やってるわけで、だって、本当に毛糸になっても捨てないんスよ? 要するにあれは不可抗力っス! ジナコさんは悪くなーい!!」

誰に何の言い訳をしているのだと自分でも思うがしかたがない。ピコンピコンと通知が鳴り止まないのだ。

普段、ジナコのプライベート用のスマートフォンは静かなものだ。日常的にジナコに連絡を入れるのは、その生存を危惧するカルナ(既読を忘れるとメッセージが分刻みを越えて秒になり、最終的には部屋に突貫してくる)くらいなので。

それが本日は、ジナコの知り合いほぼ全員から矢継ぎ早に連絡が来る。原因はわかっている。カルナだ。ジナコも驚いた。メッセージの九割は集約すると「いつの間に結婚した」だった。

メッセージアプリを遡ったジナコは、呻き声と共にソファにごめん寝スタイルで突っ伏した。自分が寝て起きるまでの間に、現実が急転直下している。

「カルナさんはカルナさんで、ごめんねアザラシの後はダンマリだし」

スマホの上で、ペコペコとお辞儀をする丸っこい海獣。彼にも思わぬ事態であったのだろう。神妙な顔で、メッセージアプリと睨めっこをしている姿が思い浮かぶ。

結婚はした。いつの間にと言えば昨日だ。相手はまるまるアザラシスタンプヘビーユーザー。当たり前だが、こんなバズるようにお知らせする予定はなかった。ただ、ほんの少しの間、互いだけが知ることにしておきたかった。浮かれていると言えばまったくその通り。言い逃れの余地などない。しかし、秘密は一日を待たずに白日の下に晒された。

どうしてと言えば、カルナのうっかりのせいだ。あとはあえて言うならば、一目見れば三日は忘れぬ商品開発部が正気を失っていたとしか思えないドピンクの力であろう

今後のあれこれには気が遠くなるが、一度拡散した情報は人の口以上に戸が立てられない。ジナコはうつ伏せのまま、メッセージアプリをスワイプしていく。

最初のメッセージの送り主はカルナの異父弟だ。「説明を求めます」という短いメッセージの後には、これまた短い動画がついている。

「ワイドショーとか見るタイプじゃないのに、なんでピンポイントで目に入る」

彼はそういう星の下にでも生まれているのだろうか?

添付動画はお昼の情報番組のひとコーナーだった。ジナコは見たことがなかったが、街いく人に本日のコーディネートのイチオシポイントを聞くというもので、カルナに声をかけた番組スタッフには敬意を表する。

「良くこれに声かけたっスよ。スーツにドピンクのマフラーなのに」

ジナコが番組スタッフならばカルナは選ばない。しかして、小さな画面に映る無愛想な男はどう見てもカルナだった。

全方位に隙のない仏頂面は彼の渾身のよそ行きの顔だった。プライベートではさらに目つきが悪く、声のトーンもぶっきらぼうを通り越す。画面の中のカルナの頑張りが微笑ましい。だが、この後の展開は頭痛が痛いだ。画面に「イチオシは?」とテロップが流れる。

『このマフラーだな。これは妻の手編みだ。毎年編んでくれる』

男の手が愛し気に撫でるのは、ドピンクのマフラー。仏頂面の男の愛妻家エピソードはギャップがあって良い。他人事であれば、テンプレ扱いも大いにありだ。

「満を持してみたいに言う~」

これを初見した時のジナコの心を何と言おうか。ドヤッという効果音すら仏頂面の後ろに見えた気がする。もう一度再生する、の表示になった動画にジナコは唇をむずつかせた。

「……カルナさんもポンコツになるんスねぇ」

ドピンクマフラーはメイド・イン・ジナコで、ジナコはカルナの姉のようなものだった。カルナの友人知人で知らぬ者はいない。十余年の冬の風物詩。こんなバレがあろうか。

深々と息を吐いたジナコの視線の先で、ピコンッとアプリに通知がついた。

『イチオシだ。寒くない。ずっと編んで欲しい』

「怒っちゃいないっスよ。この根暗」

まったく、何の心配をしているのか。

カルナが寒いとジナコも困るのだ。ドピンクのマフラーでぐるぐる巻きにした上に「あげる!」と渡す予定のないモノを押しつけるくらいには。

「カルナさんは嘘つかないっスからね」

ドピンクのマフラーは妻の手編みだ。ジナコのマフラーでカルナは寒くない。

「ロールケーキ」とメッセージを送ると、すぐにコクコクと頷くアザラシのオーケースタンプがつく。

昨日もロールケーキを食べたことには目を瞑る。

嬉しい時に食べるロールケーキは、特別なのだ。

saururuslilium

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