良いことはある
ナさんに新機能が実装されました?なお話。別霊基には夢がある。(初出:2022.12.18)
「散歩するがいい」
「ウギャーッ!!」
ガネーシャ神は叫んだ。おおよそ淑女にあるまじき声で叫んだ。
淑女の部分は心で思うだけだ。心の声を口に出した瞬間「淑女とは……?」と怪訝な顔をされるのが目に見えている。
だが今は言おう。現実を疑いたいのは今回ばかりはこちらだ。
本日は積読の消化に勤しんでいたガネーシャ神である。部屋からは一歩も出ていない。しかたないじゃない。最近は周回アンド周回オア周回だったんだもの。お休みは大事。
アルトリア・キャスターを前に甘いことは言っていられないが、しかしてエクストラクラスかつ攻撃型宝具を有するガネーシャ神は露払いに大人気なのだ。最近、NPスキル50%が増えたし、ガネーシャさんの出番などないのでは? と寂しく思っていた時期もありました。マスターのクリティカル信仰は篤かった。NP足りなければクリティカルで殴ればいいじゃない。その筆頭で名の上がるサーヴァントが誰かは言うまい。
インドはクリティカルで殴る。ガネーシャ神の作るクリティカルスターは大人気だ。ほぼ奪い合っている。主に施しの英雄(槍)と(剣)が。スキルとコマンドコードでお互い集中し合うので、スターは集まって散ってを繰り返し、埒が明かないとは怒りの大戦士の言。
ぐだぐだになったスターをその横でシレッと集めているのは、授かりの英雄(弓)と元授かりの英雄(狂)。「スターの生産過程は問いません」ではない。泥仕合の地獄絵図とは愛欲の神の言。
戦闘は心身ともにクタクタに疲れるものだが、商売繁盛を使うたびに「カッ」と目を見開いてこっちを見るのはやめて欲しい。ガネーシャさんのスターは早い者勝ちではないのだ。クラススキルにも左右される。ライダーがいたらばその天下だ。「……ライダー」と妙に気になる間を開けて、クラス名だけ呟いて沈黙した授かりの英雄への追及はしていない。気づいたらやっている。サンタの時がそうだった。そう、気づいたならば……。
彼女は震える目でカルナを見上げた。これは一体何がどうしたのか。
コヤンスカヤと周回バトンタッチしたガネーシャ神は、部屋に引きこもった。そこにカルナがやって来た。開口一番は散歩のお誘い。
いつものガネーシャ神であれば「また今度~」とあしらうところである。施しの英雄が彼女に動く機会を施そうとするのは(槍も剣も)日常なので。
しかし、今回は叫んだ。ベッドからも落ちかけた。カルナが肩を掴んで引き戻したので事なきを得たが、元は正さずとも彼女が落ちかけた原因は十割カルナさんである。
「なななな、何してるんスか、カルナさん!」
ガネーシャ神は尋ねた。声が震えようとも、問わねば事態はどうにもならないと知っていた。カルナは一歩前に進むと、「散歩だ」と繰り返した。
「散歩って、……いや、意味はわかる。わかるけどあえて聞く! その鎖何!?」
戦慄く手で、ガネーシャ神は太陽のごとく輝くそれを指さした。
カルナは片手に細い鎖――チェーンというのが相当だろう――を携えていた。ガネーシャ神のシックスセンスが囁いていた。これはおかしなことを思いついたと。
カルナは多くにおいて真面目な男だが、時に誰より自由人だった。主にガネーシャ神に関する場合がフリーダムだった。あの疑似サーヴァントに関わると、施しの英雄はバグると評判である。
なんて評判だ。ガネーシャ神はどうにかすべき事案と心から思うのだが、当の本人が「お前が現界してより、オレは人間味が感じられるようになったらしい」と頬を染めるので、もはや打つ手がなかった。カルナが良いなら何も言うまい。推しが元気で世界は輝く。「諦めたらそこで終わりじゃぞ?」とは堰界竜の言。つまらなそうに言われても、無理なものは無理である。
だが、今回ばかりは立ち向かう時かもしれない。ガネーシャ神も時には障害神としてやらねばならぬ。カルナは彼女の叫びに、考え込む顔をした。
「これはリードだ。散歩には必要だろう。さぁ、付けるがいい」
「さぁじゃねーっスよ!? 付けるって何を!?」
「リードだ。オレには首輪がある」
「あるけど、――って、付けるのカルナさんなの!?」
てっきり、ガネーシャ神を鎖で縛って散歩に連れ出すのだと思っていた。ガネーシャ神は動かないことにかけては他の追随を許さない。
「……お前も首を隠しているが、今回はオレの領分だ。お前には実装されていない」
「何が!?」
首に鎖をつける領分など聞いたことがない。そも、実装は何ぞや。汝は何を言っている。
ガネーシャ神は頑張った。モチのようだと言われる腹に力を込めてカルナを糺した。フッとカルナは小さく笑った。ごく僅かな変化だが、それはカルナのドヤ顔だった。
「散歩機能を実装した」
「――はぁい!?」
「散歩機能を実装した」
「繰り返さんでよろしい!」
ガネーシャ神は両手で顔を覆った。
もはや、みなまで語るまい。短くはない付き合いだ。散歩機能の実装それ即ち、ガネーシャ神が原因だ。最近、そういうゲームが増えたのだ。イエローの電気ネズミが有名なGOに始まり、今は刀のあれである。ガネーシャ神も、少し歩いてみようかという気になった。推しを連れて歩けるのは夢がある。そんなことも言ったかもしれない。
カルナに要らない知識を施すのは、ガネーシャ神と専らの評判なので間違いないだろう。ちなみに誰に評判かと言えば、カルデア全体で認識されている。ナンテコッタ。
カルナは至極自然に、ガネーシャ神の手に鎖を握らせた。金色に煌めくそれの成分については考えてはいけない。この大英雄、またやったのである。
「オレを散歩すると良いことがある」
「たとえばー、なにがあるんスかー」
ガネーシャ神は棒読みで応えた。カルナはガネーシャ神の健康を慮り(あるいは危惧し)こんなトンチキな手段に出たのだろう。誰かカルナに我が身を削る以外の手段を教えてくれないだろうか。
「オレが喜ぶ」
「カルナさん。ガチレスするけど、鎖つけて散歩して嬉しいって、需要はあると思うけどボクにはないっスよ?」
心を込めて告げた。そういうのは二次元にありて良きものであり、現実には良心の呵責が測定不能になる。少なくとも、ガネーシャ神の依り代はそうである。
「そうか、鎖はなしか」
ショボッという効果音が聞こえそうな雰囲気で、カルナがガネーシャ神の手から鎖を取り上げた。ペタリとした白髪に情が湧くが、ここで折れてはいけない。カルナに元気でいて欲しい強火担のガネーシャ神だが、「しょうがない」と折れようものなら待つのは人の心を試す散歩だ。
「そう、なしっスよ。だからこの鎖は元に戻し……」
「では、ハーネスだな」
「違うっスよ!? その解決方法じゃないって、ギャーッ! 増えたぁああ!?」
ガネーシャ神は叫んだ。本日、何回目ともわからない絶叫である。
カルナ(槍)の隣にカルナ(剣/拳/サンタ)が立っていた。何度か疲れ目かな、と目元を揉んだが、現実だった。
「ガネーシャ神。散歩に行くぞ」
「おふぅ、この世の真理のようにハーネスの持ち手を持たせてくるよこのサンタ」
しかもこのハーネス、トナカイのリュックになっている。間違いない。これはベビーリュックだ。三十秒、目を離せばどこに行くかわからない。そういうボーイ・アンド・ガールを育てる親御さんご用達アイテムだ。
確かに、セイバーのカルナはランサーよりも精神的に若く、走り出したら止まらない傾向はある。だがしかし、ハーネスはない。
「オレを散歩すると良いことがあるぞ」
「すごいデジャヴを感じるけど、聞かないと面倒の予感だから聞くっス。何があるんスか」
「オレが喜ぶ」
「一緒じゃん!! ランサーのカルナさんにも言ったけど、ボクにそういう趣味はないっス!!」
ガッテム! とガネーシャ神は天を仰いだ。二騎揃って何をしてくれているのだこの施しの英雄は。
「オレとは、散歩したくないということか?」
「だって恥ずかしいじゃない」
「そうか、そうなのか。……恥ずかしい。そうか」
「そんなに落ち込むこと?」
考えればわかることだろうに。
彼女の指摘に、カルナは目に見えて落ち込んだ。
「ど、どうしたんスか」
アワアワと手をあげ下ろしするガネーシャ神に、ランサーもセイバーも「白状する」と不穏な言葉を口にした。
曰く、「オレはお前に好かれていると思っていた」。曰く、「お前がオレを推しだと語るのを冗談だと思わず真に受けていた」。曰く、「ゆえにオレがお前の好意を受けるに値する推しであるならば、推しを連れて歩けるのは喜ぶだろうと考えた」。曰く、「この思い上がりは笑ってくれてかまわない」。曰く、「だが、キミと一緒に歩けることは嬉しい」。
「あーっ!!」
ガネーシャ神は叫んだ。もはや叫ぶしかない。カルナがグッと口を引き結ぶ。まだ言いたいことのある気配を感じないでもないが、これ以上を言わせてなるものか。
恥ずかしい。その一言は、カルナが恥ずかしいという意味ではないのだ。リードとハーネスが生み出すであろう、混乱と混迷と混沌がヤバいという話である。どう考えたってヤバい以外の可能性がない。
ガネーシャ神は、その依り代をしているジナコ=カリギリは、ベショリとベッドに突っ伏した。どうしたと左右から抜群の美声が聞こえるが、どうもこうもカルナは自分の価値を少し自覚するべきだ。
「散歩するなら、ボクは手を繋いで歩きたい」
その方がジナコは嬉しいに決まっていた。
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