呼吸は止まった

現代設定のMarry Meなカルジナです。


それはジナコも承知のことだった。彼女にも関係のあることで、当初はノーを突きつけた。だが相手は一度の拒絶で諦める男ではなかった。それが己にいかに有用かと「そのガッツどこから……?」という熱意を見せてきた。男――カルナは一度これと決めると、まず妥協や諦めるということをしない。

「それ」についても同じだった。ジナコも抵抗を試みたが最終的には折れた。まぁ誰に迷惑をかけるものではないし、と思った過去の自分よ、刮目するといい。それはとんでもない事態を引き起こしていた。

本日知り得たことにジナコは開いた口が塞がらない。隣に突っ立っているカルナを呼吸を止めて一秒は見ただろう。真剣な目をした男の顔には「マズい」と大書きされていた。ドえらいことになっている自覚はあったらしい。

ジナコは衝撃が強過ぎて一周回って冷静になっていた。彼女はその場を驚きの演技力で凌ぎきると、棒立ちになっている男の腕を引っ掴んだ。数週間ぶりの外出予定は達成率ゼロだが、早急に原因を究明せねばらならなかった。

自宅に戻ったジナコはカルナと膝を突き合わせた。猫背になった男は訥々と弁明をした。この上なく素晴らしい声で語られることに、彼女の眩暈は絶好調だった。驚天動地の原因は、結論から言うとカルナのいつもの悪癖であった。

「なんで何も言わないんスかぁ!」

「いつか言わねばとは思っていた」

「何でいつか! すぐ言わなきゃダメっスよ!?」

「機会を見ていた」

「タイミング見てる場合かーっ! 信じられないっス! これ誤解にしちゃダメなやつ! ジナコさんでもわかる!!」

ジナコはカルナの肩を揺さぶった。首をガクガク揺らした男は「……そういうものか」と腑に落ちない顔をした。そういうものでなくば何なのか。ジナコはジト目で「それ」を見た。

テーブルの上のスマートフォン。持ち主はカルナで、そのホーム画面とロック画面はジナコである。――もう一度言う。カルナのスマホ画面はジナコだった。なお補足するが驚くなかれ、その写真は寝顔である。モサッとしたココアブラウンの女が何とも気の抜けた顔でプースカ寝ている。なんてニッチ仕様。これを毎回見るなど、もはや罰ゲーム。

しかしカルナは、これがあるとなしでは大違いであるそうだ。曰く「励まされる」。それはあれか。ここまで自堕落な女でもやっていけるなら、人生はどうにかなる的な励ましだろうか?

カルナはとにかく誤解される。貧乏くじもこれでもかと掴まされる。当人は気にしていないと言うが、まったく落ち込まぬわけではなかった。ジナコの寝顔で笑えるならば、安いものだろう。

カルナは「安くはない」と三度繰り返したがそれはさておくとして、彼のスマホ画面はジナコだ。人の嗜好はそれぞれだが、中々インパクトが強い。

もっとも誰かに見られてもカルナのことだ。「これはジナコだ。姉のような要介護生命体のようなものだ」とトンチンカンな説明をするものだと思っていた。しかしそんなジナコの想定をはるかに上回るのが、カルナという男だった。

「もぅ~っ! どうして奥さんって聞かれて黙っちゃったんスか! ボク、カルナさんと結婚した覚えないんスけど!!」

「言葉もない」

カルナが悄然と項垂れる。叱られた犬もかくやという姿に、ジナコは「しょうがないっスねぇ」と言いそうになったが堪えた。ここで絆されてはならない。

本日、ジナコは外出した。おしもおされぬ出不精のジナコだが、年に数回はそういう気分の時もある。天気が良ければコンビニから足を伸ばして散歩もしよう。

カルナがついて来たのは予測の範囲内で、その行き先でカルナの同僚に会うのもさして驚きはしなかった。その同僚がジナコを見て「あ、奥さんも一緒なんですね」と寝耳に水なことを言わなければ。

「カルナさんはいつになったら、言いたいことを最後まで言えるようになるんスかねぇ」

この男、同僚にスマホ画面を見られた際に「奥さんですか」と聞かれて、黙ってしまったらしい。そうしたらば、あれよあれよという間にカルナは既婚者という事実無根が社内共通認識となった。

女の寝顔をスマホ画面に設定するとなれば、恋人や妻となるのもわかるが、誤解である。大方、矢継ぎ早に問われることに泡を食っている間に話が大回転を決めたのだろうが、姉のような要介護生命体が嫁の座に居座って困るのは他の誰でもないカルナである。

「このままだと困るのカルナさんなんだからね。カルナさんは結婚できなくてもいいんスか?」

「良くない。困る」

「だったらちゃんと言う! 二度はないっス!!」

「承知した」

カルナが頷く。その顔は真剣そのものだ。気迫すら感じる。あまり気負わない方が良いと思うが……。

(一言足りなくなるし)

ジナコは嫁ではないからの離婚したのか騒動が目に浮かぶようだが、そこはカルナに頑張ってもらうしかない。彼には結婚願望があるのだ。

(そういう話したことないけど)

結婚したいのかしたくないのか。そういう相手がいるのかいないのか。カルナとジナコの日常にそういう会話はなかった。意図的に避けていたかも知れない。

こうして同じ部屋にいても二人の関係に名づくものはない。ずっとそうだった。姉弟のような友人のような、決定的な感情を求めない関係は起伏もなく安定していた。

(でも、そうっスよね。カルナさんも大人なんだし)

いつまでも今が続く訳がない。カルナは誤解を解くと約束した。ジナコが求めたことだが、気づいてしまった。ジナコはカルナが「困らない」と言う可能性を考えていた。

「ジナコ、そんな顔をするな。最後まで言う」

「はいはい、頑張って。ジナコさんはカルナさんを信じてるっスよー」

ジナコの軽薄にカルナが不安な顔をする。なんだかなぁとジナコは自らの胸中を掬う。

誤解でカルナの恋愛がガタつけと思うのはジナコの本心だが、それは決して彼が不幸になればいいという想いではなかった。なので、ジナコは余計な一言を言いたくなってしまう。

「大丈夫っスよ、ちゃんと伝わる。カルナさんの言いたいこと」

「――っ」

青い双眸に喜色が滲む。呼吸を止めてこちらを見る相手にジナコは「頑張って」ともう一度口にした。カルナが大きく頷く。ジナコの一言で励まされるとは、やっぱりカルナは安くできている。

小さく笑う彼女には「この写真の女は妻か」と問われ呼吸を忘れた男の心中はまるで伝わっていなかった。

なので、彼の言いたいことがきちんと彼女に伝わるまでに、少々の時間を要したのは(当人たちだけが予期せぬ)必然であった。


「言えば、ちゃんと伝わるのではなかったのか」

「うぎーっ! ちゃんと伝わったのにっ、この人いつまで引きずってんスか!」

「弱味はつけ込めるうちはつけ込む」

「おおう。なんて、堂々と性もないことを……」

カルナがしばしのジナコ不信を盾にとり、膝枕をせしめたのも余談――周囲に語らせれば、余興である。

saururuslilium

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