想いの基準点
勝ち負けで言うならば、つまりお相子な甘いカルジナのお話
これは絶対勝てる。ジナコには確信があった。相手が施しの英雄と言われる男であろうとも、時には凡俗な女が勝つのである。
だが、滔々と意見を述べる女に対する施しの英雄――カルナはといえば「何が悪いのだろう」と言わんばかりの顔で考え込んでしまった。
(「わかった」で終わらないってある……?)
難しい顔になった男に、ジナコはポカンとした。
ジナコはカルナにやめて欲しいことがあった。誰に聞いても、それはそうだと同意を得る自信があることだ。だがカルナの反応が予想外だ。納得できないのか腑に落ちないのか、はたまた困っているのか。……何となく、困っているのだろうな、と気はする。青い目はヒタリとジナコを映して、まるで睨みつけるようだが、これはきっと困っているし、驚いてもいる。ジナコの主張は、彼には思いもよらぬことであったのだ。
(でもこれはそんな悩むことじゃない、ハズ)
今さら何を、という話ではあるが。
カルナのそれは今に始まった話ではなかった。彼女が現界してからこちらの日常とも言えた。良い悪いで言えば、思うところがなかったわけではないが、ジナコはそれを止めることをしてこなかった。
(だってカルナさんだし、悪気ないんだろうなって思ってたし。でもだからって、ヨシにはならないんスよ。いくらボク相手でもアレはない)
今更でも気づいたならば正さねばならぬ。でなくば、ジナコはまともにカルナの顔を見ることもできなくなる。それはとても困るのだ。
彼女は「いいっスか?」と、こちらを睨み据えて一言も話さなくなったランサーに視線を合わせた。
「もう一回言うけど、ボクはやめて欲しいの。めちゃくちゃ大きな岩を持ち上げて、これはガネーシャ神を三倍にした重さだとか、そういう伝え方はナシ」
「お前の主張は理解している。オレは何故、それが咎められるのかがわからない」
「えぇ……」
心の底から困惑の声が出た。
何故といえば、それはもう「カルナさんのスケールはガネーシャさんでできてる?」と考察したマスターが物語っているのだが。
カルナはガネーシャ神の疑似サーヴァント、もといジナコを物の喩えに良く使う。たとえば見つけた通路の幅をして「■■■の腹がちょうど閊えぬ程度だ。問題ない」であるとか、魔力放出(炎)で温めた湯を差し出して「寝ている■■■の手の温度に近いものだ。これならば温まるだろう」であるとか、あらゆる尺度を伝えるために■■■を大盤振る舞いする。世の誰がジナコの腹囲や手の温度で説明されて「わかった」になると思うのか。周囲は微妙な空気で満たされ、わかられてもジナコも困る。
だがしかし、相手はカルナである。今までのジナコはカルナの■■■説明を耳にしても「また妙な喩えをして」であり、たまに「デリカシー!」と噴気を上げるくらいだった。だが、さすがにカルナのスケールはジナコでできているは看過できなかった。どうしてかと言えば……。
ジナコはこちらを見る男にぶすくれた。まったく一から十まで言わねばならないとは、朴念仁とはこの大英雄のためにある言葉に違いない。
「どうしてダメって、そんなの恥ずかしいからっスよ」
「……恥ずかしい?」
「それ以外にある?」
スケールなど、自分はそんなカルナの基準となるような相手にはならない。だというのに、ジナコはどこまでもジナコであるので、その誤解を悪くないと思ってしまう。英雄の心にジナコの居場所があるようだ。そんな自惚れだって浮かんできた。これはあまりに恥が高い。
どうだと見つめていると、カルナはウロリと左右に視線を彷徨わせた。白髪が青い目に翳をかけている。悄然としてみえる姿に、ジナコは目を瞬いた。
「そうか、恥ずかしい。そうだったのか。オレは嬉しかったが、お前に恥を与えたとなればオレは改めねばなるまい」
「そうそう、わかってくれればいいんスよ。――ん? 嬉しいって何?」
「お前に同じものを返せたならばと思ったのだが、すまなかった。オレには過ぎた望みだったようだ」
「ちょっ、完結する前に説明してよ! 同じって何の話……」
「度し難い」
「だーかーらっ!」
言葉の拙い男とジナコは距離を詰めた。フワリと肌を撫でる熱は、カルナ特有のものだ。直下から見上げる双眸は、翳の中でもやはり空のようだった。
ジトリと見つめていると、ようよう彷徨う双眸が平凡な女に定まった。
「新しいサーヴァントが召喚されれば、オレより背が高い低いで話す。ガネーシャ神の基準はオレのなのだろうとマスターに言われてな。オレはそれが嬉しかった」
「……へ?」
ジナコのカルナが基準など、そんなことはない――いや、あったかも知れない。だってそうなるだろう。しかたがない。
現界して、相応の月日が流れた。たくさんの人たちに会った。大事だと思う時もできた。だけれど、あぁそうだろうとも。この心が思い出す一番は、絶対不変なのだ。
今度はジナコが視線を彷徨わす羽目になる。そんな嬉しいなどと、カルナが想っているとどうしてわかろう。
「カルナさん、嬉しいの? ボク、モヤシ見てカルナさんみたいって言うっスよ。白くてひょろ長いから」
「無論。お前にオレがいるのは嬉しい」
無論と来た。カルナはモヤシでいいのか。モヤシ以外でも思うけれど。
たとえば誰かの背の高さであるとか、歩き方であるとか。空模様だってそう。抱える腕の力だってそうだ。ジナコも似たものではないか。
「ジナコ」
頭上から囁くような声が聞こえる。ここで依り代を呼ぶのが、どこまでもカルナだった。
「もうキミを想っては、ダメだろうか?」
「ダメって言えると思う?」
問いに問いで返すのは、許されたい。
火照る頬で、ジナコは告げた。こんなの絶対に勝てるわけがない。カルナはズルい。小さな声で、彼女は男を詰った。
その色づく肌に、カルナはしかたがないだろうと思う。自分の言葉の拙さは知っている。感性が無骨であることもこの上なく。でもそれでも。
彼は、自らをズルいと語る女に目を細める。この身は死者の影法師だ。影法師には、光に照らされた数だけの記録があった。彼の原型――英霊とは、そういうモノだった。だがどれほどの記録が英霊にあろうとも。
たとえば春に咲く花を見る時、カルナはこの人を想うのだ。
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