一年と一日
モダモダする推しカプは何回かいても良いと思うのですなカルジナです。
忘れていたわけではないのだ、本当に。
ふた月くらいは、十日に一度は「どうしよう」と考えていたと思うし、それ以前なら一日に十回くらいは思い出していた。今日とて同じ、だったハズ。まだ考えていなかっただけで、つまり「……へ?」と、ものの見事に心当たりのないリアクションをしたのは、ちょっとピンと来ていなかっただけであり、忘れていたとイコールしてもらっては困る。
ジナコは目の前の男が言うところのふてぶてしい顔で、「いいっスか」と前置いた。
「ボクはどうにかしようとは思ってた。忘れてなかった。ガチのマジで本当っスよ?」
「……ほう?」
「声低いぃ。ボクは忘れてたんじゃなくてっ、考えてたんスよ。だから今日まで来ちゃったの! 本当の本当に忘れてない! ここ大事!!」
我ながら苦しいを通り越して失笑すら生まれそうな主張だが、まったきの嘘ではなく、一握の真実はあった。その証左に男――カルナが驚いた顔になった。嘘に十の確率で気づく男は、相手が真実を言っているかどうかもわかるのである。
本当にジナコは考えていた。しかしどうしても答えが出せず、知らず知らず――というには意識的に思考に歯止めをかけるようにしていた。もしかしたら、と思い始めていたコトもある。
(だって、あれからどれだけ経ったと思って)
一日二日の話ではなく、ひと月ふた月の話ですらないのだ。過去と語っても相違はない。そのくらいには過日のことだ。それをこの男は昨日のことのように……。
知らずジト目になったジナコを前に、カルナはまだ驚いた顔で固まっていた。そこまで驚くことなのか。まさかと思うが、カルナこそ自分が何を言ったか忘れたのではあるまいか。そんな疑惑すら湧いてくる驚きっぷりだった。
「考えていたのか」
「そりゃ考えるっスよ。カルナさん、ボクのことなんだと思ってるんスか」
「お前の太ましさを甘くみていた」
「はぁん!? 喧嘩売ってんスか!」
「お前に売れるものはない」
「ガチトーンでなんて言い草」
もはや暴言の域だが、対立する意思はないとでも言いたいのだろう。
フンと鼻を鳴らすと、ようやくカルナはいつもの無表情に戻った。ただその白皙にジワリと朱がさして見えたのは、ジナコの願望か否か。
(なんだって今更……)
彼女は心の裡で溜息を吐いた。
春の初め。誰との予定も約束もない日だったと思う。ジナコは今日と同じく散らかった自分の部屋で、カルナから一つの決断のような、告白のようなモノを受けていた。伝えられたのは、恋のような、伴侶を求めるような、そういう言葉であったような……そうでもなかったような。
(スキとかアイシテルとか、そういうわかりやすい言葉はなかった気はする。たぶん、だけど)
思い出そうにも曖昧模糊としている。長らく考え過ぎてどこまで現実でどこからが自分の妄想なのかわからなくなったのだ。確かなのは、自分が上手く頷けなかったことくらいか。
(時間が欲しいとか、考えさせて欲しいとか、ボクのことだからそんな感じのこと言ったんスよね。たぶん)
先から「たぶん」の大盤振る舞いである。己の言動すらボヤッとしている。人生の一大事であっても、凡人の記憶力などそんなもの。
己を凡夫と語る規格外の男は、こちらがすっかり忘れていることもしっかり覚えていた。問えば、こちらが「マジで!?」を繰り返すレベルで教えてくれるかもしれない。しかしその度胸がジナコにあるかはまた別の話だ。というかムリだ。どんな顔をして聞けと言うのだ。
(でもこれって、カルナさんも悪いのでは?)
今の今まで、投げたボールを回収しにこなかったのはカルナの怠慢ではなかろうか?
求婚めいたことを告げておきながら、何も言わずに彼女を待った。それは彼の誠意であるのだろう。ジナコは臆病な人間だ。決断が迫れば怯む様も容易に思い描ける。
だが、理不尽を承知で思う。カルナは気が長すぎる。彼の告白はジナコの想像や願望と混ざってしまって、どれが真実かわからない。この男は本当にジナコを必要としたのか。そういう想いを告げたのだったか。まったくもって自信がない。
「ジナコ」
「な、なんスか。ボクは考えてたっスよ?」
嘘ではない。ただ少しというには多く、曖昧になってしまったコトがあるだけだ。
「そうではない」
「えぇ……」
そうでなくば他に何があるのか――いや、あった。
ヒッと息を飲んだジナコに、カルナがひどく困った生き物を見る目になった。さもあらん。カルナは「答えを聞きたい」と言ったのだ。それだけしか言わなかった。ポカンとするジナコに眉を寄せて「忘れたのか」と重ね問われた時に、嘘でも頷いておけば……。だがそれはそれでどうなのだ。ジナコはそろそろとカルナの様子を窺った。
(ここでダンマリってある?)
これはジナコから答えを告げろと、そういうことなのだろうか? 会話のスパンだけを除けば、それは順当なのかもしれないが。
(どうしよう)
カルナの欲しいモノはジナコの言いたいコトと合っているのか。もしも違っていたなら目も当てられない。
カルナのことだ。彼は彼女を見下げはしないだろうが、困る様は手に取るように思い浮かぶ。罷り間違って温情で施された日には、ジナコはもうどうして良いかわからなくなる。
(何でもっと早くに聞かなかったんスか過去のボク!)
過去のジナコには、頷けぬ理由があったのだと思う。しかし今となっては、その理由が思い出せない。
きっと大したことではなかったのだ。胸をさざめかせる感情からひと時目を閉じたいくらいが精々で、同じことをもう一度問われたなら、それが次の日でも頷いていた。億そうが怯もうが、記憶と綯交ぜになる感情のカタチなど、そういうコトだ。「今にして思えば」とつくのがどこまでもジナコだが。
「カルナさん。あのですね、ボクはほんとに忘れてなくて、考えてて……何でそんなに嬉しそうなの」
「おかしなことを問う。どうして嬉しくないと思うんだ」
「だって」
言い訳を口にしようとして、ジナコは唇をむずつかせた。これはそういうコトでいいのか。だが良かったと諸手を上げるには、胸を埋めるこそばゆさが邪魔をする。
「カルナさんこそ、忘れてなかったんスね。あれから何も言わないから、もう良いのかなって、ボクの勘違いかもなんて――思ってないっス!」
速攻で軽口を撤回したのは、カルナの表情筋が仕事をしたからだ。美形の刮目、心臓に悪い。
「もう良くはない。だがお前は時間が欲しいと言った。だから一年、待とうと思った」
「そんなボクが悪いみたいな、悪いかもだけど……って! 一年って、初耳なんだけど!?」
「…………」
「あー。言ってなかったんスね」
コクリと白髪が縦に揺れた。何も言わずに、この男は決意していたらしい。カルナあるあるだ。まぁ、本当に一年待つことになるとは思わなかっただろうが。ジナコもジナコだ。無用な心配も何もかも、身から出た錆だ。我が事ながら、もっと早くに……。
そこまで益体もなく考えたところで、壁にかかったカレンダーが目に入った。日めくりのそれは、今日が四月の一枚目だった。あぁ、そうか。そうなのだろう。自分の考えそうなことだ。
「ジナコ。待てと言うならば、もう一年待つ」
「お断りっスねー。あと一年待ってもらっても一緒だし。何も言えないと言いますか」
「それは、断ると、そういうことだろうか。お前を得るにはオレは不相応だと」
「そうじゃないっスよ。本当に、そういうことじゃなくて」
どん底のような声で何を言い出すのか。一年という月日を思う。これは言わなかったカルナも悪いが、ジナコも悪かった。大切なことを伝えていなかった。
「そうではないというなら――」
「カルナさん」
求める言葉を名前で閉じ込め、ジナコはふてぶてしく笑った。
諦めて欲しい。覚悟して欲しい。こちらを見る青い瞳に思い出す。ジナコはこういう女なのだ。
「待つのは一年じゃなくて、一日にして」
一年と一日。この理由を見つけるのは、あなたより一生、わたしが上手い。
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