夢よりもなお
2021年9月から2022年10月までのWEB再録集「PickOut50」収録のカルジナです。
ジナコは自慢ではないが、他人に不安を与えることには自信がある。主に「本当に大丈夫なのだろうか?」という方向で。
今の彼女はまぎれもない神霊の疑似サーヴァントなのだが、安心できる要素がないのだった。何故と言えば、主人格として行動するのがジナコなので。不安になるなという方が無理である。
ジナコには卓抜したものが何もない。武も智も経験も心の在り方も、平凡以下だ。人並み以上が大前提のサーヴァントにおいて、この無能な感じは際立つ。
現界してしばらく経つが、ジナコはいまだにガネーシャ神か疑われている。彼女自身も自分がガネーシャ神かと問われると「……たぶん?」という返答しかできない。神霊の真贋がジナコに判断できると思うなかれ。最底辺マスターのポテンシャルを侮ってはいけない。ジナコは周囲が思う以上に何もできない。期待をかける方が馬鹿を見る。
でも、そんな彼女だが「いる」ことくらいはできるのだ。電気を消費するだけでも、それくらいはまともにできる。この当然を疑う人はさすがにいない。一人を例外として。
「まだ疑ってるんスか。そんなに信じられない?」
呆れてものも言えない、という雰囲気を作るジナコの前にはランサーがいた。彼女が英雄という言葉で、一番に思い浮かぶ相手である。
カルナはジナコを瞳に映しては、不信に似た色を過らせる。険しい面は人を委縮させる効果が抜群だ。
「信じられない」
「即レスどーも。気持ちはわかるしかない。でも現実っスよ。カルナさんはいつになったら信じてくれるんスかね~。今日も怖い顔で人の部屋に突貫して来るし」
おどけるジナコに、カルナは言葉を探すように視線を揺らした。不信に似た色――不安も薄まっている。その顔色は悪くない。ジナコを見て安堵したのだろう。
部屋のドアを(許可なく)力ずくで開け放った時は、今にも死にそうな顔をしていた。「■■■」、そう彼女を探す声は耳に痛いほどだった。いくら言っても聞かない。幾度目かの不躾にジナコが怒る隙間も与えない懸命があった。
カルナはジナコを信じていない。いまだに彼女がここに「いる」という当然すら飲み込めていない。その不信は、彼に誰も疑わない現実すら確かめさせる。
(一度、現界したサーヴァントがいなくなる。絶対にないとは言わないけど)
現界を維持できないほど消耗する。あるいは、自ら退去を選択する。もしくは、最初からマスターの味方ではなかった。
ジナコは霊基情報から真名、ムーンキャンサーというクラスに至るまで、徹頭徹尾、不安要素の塊だ。彼女自身の無能さも一周回って怪しい。そういう疑いはアリだろう。カルナの場合はそれ以前なのだが。
(出かける時はカルナさんに一報って、どういうことなの)
しかし、そうしてあげてとマスター直々のお願いだった。ジナコが部屋を空けていれば大事になる。
カルナの目に、ジナコはどれだけ無能に見えているのか。振り返るまでもなく心当たりがある。だが、まったく困ったことに、彼の「信じられない」は、彼女の不安要素とも無能とも無関係なのだった。
男の腕が彼女に触れようとして途惑っている。よすががそこにあるのに掴めない。確かめたら、終わってしまうと思っているのか。そんなことはあり得ないのに、カルナは結構、疑り深い。
「ボクは信じてるっスよ。これが現実だって」
ジトリとした彼女の視線に、カルナは顔を伏せた。普段の傲然ともいえる揺らぎのなさが見る影もない。
こういう頼りなげなところを見つけると、ジナコは胸がムズムズとした。
「カルナさんは、信じられない?」
不機嫌を纏って問うと、ようようカルナは口を開いた。
「お前がいるなど、現実とは思えない。信じられない。夢だと思う」
「夢って、どれだけ信じられないんスか」
「信じられない。お前がいる。オレの前に、こうして話して触れられる。――こんな幸福が現実など、それこそ夢だ」
感情を抑え込めない声に、ジナコは目を細めた。息が詰まるのは、カルナに引きずられてだろう。
「……カルナさんの幸せ、お手軽すぎない?」
「軽くない。この現実は、少し怖い。オレはサーヴァントだ。死者の影法師は、夢を見ない」
恐る恐る、というのがピッタリな指先が髪先を抓んだ。それっぽちでわかるものか。もっとしっかり確かめろというものだった。
カルナはジナコがいる。その現実を信じられない。夢のように幸せだから、不安に駆り立てられる。根暗だ。こちらが引くほどのポジディブはどこに行ってしまうのか。
部屋に彼女がいないと、大事になる理由。こんなに切なく嬉しい「信じられない」はないだろう。
ジナコは髪先をなぞる指を掴まえた。手の中で、硬い指先が硬直する。見上げた顔はひどい顰め面だった。不安が不機嫌で発露するのは如何なものか。肩を揺らしたジナコに、カルナが目を瞠る。夢から覚めるように、と形容したくなる。そういう無防備な表情だった。
「夢って思うのが当たり前。ボクも、信じられなかったし」
今も揺れる日々だ。なんて悪夢だと思う日もある。夢なら覚めてと願う時もある。元に戻りたいと感じる瞬間は数え切れない。カルナにガネーシャ神と呼ばれる。それだけで辛い。そういう、ジナコは平凡以下の人間なのだ。
それでも、彼女は今を夢とは思わない。夢という不安すら、ジナコは抱けない。怖いのだ。この幸せを夢と疑う。怖くて動けなくなる。ジナコはカルナよりずっと弱い。
「これは、現実っスよ。嘘みたいな本当」
彼女は握った指先に力を込める。
ジナコが神霊の依り代になったのも、疑似サーヴァントとして現界したのも、カルナとこうして話しているのも、体温を感じるのも、本当に、夢の方がずっと現実味がある。
だけれど、これは覚める夢ではない。必ず終わるとしても、現実だ。
「……本当だ」
手を握り返される。カルナの強さを思えば、頼りない力だった。
「現実だ」
「そうっスよ。やっとわかった?」
「わかった。夢じゃない。この幸福は現実だ。キミは、ここにいる」
ひとつひとつを確かめる言葉に、ジナコは唇をもごつかせた。頬に熱が集まるのは仕様だ。
互いを確認しても、カルナは離れれば不安を覚えるだろう。夢のような現実。信じられない。それが当然に思える。そんな幸福。
「オレはジナコに逢えた」
ジナコを見つめて、空色が揺れている。泣いてしまいそうだ。そう思うのは、ジナコの欲目だろう。彼女はカルナの涙を知らない。
でも、もしもそういう時が来ても。
惹かれるように、彼女は目の前に手を伸ばす。無理をしなくても届く場所。
「ジナコ?」
「ほんと、こんな現実、夢にだって見ない」
夢よりなお、幸せな――。
白く融けそうな髪が指先を撫でる。
ジナコもカルナも、こういうことが出来る今にいる。
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