したいこと、したくないこと
2021年9月から2022年10月までのWEB再録集「PickOut50」収録のカルジナです。現代設定。
離婚するから結婚して欲しいと言われた。
言葉だけ聞くと不倫の様相だが、目の前の男はジナコの記憶が確かなら未婚である。つまり、離婚という前提が成立しない。
「カルナさん、酔っぱらってる?」
「酔っていない」
「説得力が皆無なんだけど」
言っていることが可笑しいし、顔色も悪い。真っ青だ。カルナが今ここで嘔吐してもジナコは驚かない。そのくらいに顔面蒼白だった。実際にやらかされたら絶叫するが。
何故ならここはジナコの家。マイルームに次ぐ彼女の定位置・リビングである。
「結婚してくれ。離婚はする」
「意味わからん。酔ってんじゃなきゃ寝惚けてんスか」
「オレは正気だ」
「そうですかー。とりあえずドア閉めてよ。寒い」
コタツから頭だけを出したコタツムリスタイルで、彼女はカルナに苦情を申し立てた。部屋に雪崩れ込んできたカルナのお陰で、部屋の温度は下がる一方だ。
ドアを閉めたカルナは、ジナコの隣に身を滑り込ませてくる。服や肌から冬の気配がする。
コタツは四面で、ジナコがいる一面以外は空いている。なんでくっつくとは思うが、いつもと言えばいつもなので、ジナコは見逃すことにした。
「それで、どうしたんスか」
「どう、とは?」
「急に結婚してくれとか? 離婚っていうのも何の話。カルナさん、結婚してたんスか」
「していない」
「熱はないっスね」
ジナコは白い前髪を持ち上げると、これまた白い額にペタリと手のひらを当てた。
「ジナコ。何度も言うが、オレは正気だ」
「カルナさん、何回も言うけど意味わからん。結婚してない人は離婚できないっスよ?」
「結婚はこれからする。ジナコとする。ジナコ、離婚はする。だから、オレと結婚してくれ」
「――徹頭徹尾、意味わからんっ!」
カルナの額をジナコは叩いた。ペチーンッと良い音がした。
「駄目か。そうか、そうだろうな……我ながら、どうかしていると思う」
下がった眉に、ジナコはムグッと息を詰めた。そんなおいて行かれた犬のような顔をする要素は……カルナにはあるのだろう。ジナコに不快な思いをさせたのではないかとか、そんなことを考えているに違いない。
(これ、プロポーズで良いんスよね)
しかし、驚くほど嬉しくない。どうしてと言えば、もれなく離婚がついてくるからだ。こんな求婚、出直して来い以外あるだろうか?
(ウダウダしてないで、言っちゃえば良かった)
ジナコには、カルナを憎からず想う感情があった。彼が良いと言ってくれるなら、生涯を添い遂げてみたい。そういう感情だ。カルナは違うようだが。告白する前で良かったと言うべきか。
ジワッと涙が出そうになったが、カルナは珍しく気づかなかった。寒さのせいと思われたのかもしれない。
「……なんで離婚を前提に結婚するんスか」
「結婚するのだろう」
「誰が?」
「お前が」
不安に揺れていた目が変わる。額をペチペチと叩いていた手を取られる。掴まった手は、ジナコにはどうやっても解けない力があった。
「結婚するのだと聞いた。お前から求婚するのだとも――その前にと思った。浅ましいことだとわかっている。お前の情に付け込むことだともわかっている。だが、それでも、オレはお前の夫になりたい。ジナコ、結婚してくれ。離婚はする」
「はぁ」
物の見事にジナコは生返事をした。カルナが「ジナコ」と懇願するように名前を呼ぶ。
「一欠けでもオレに情があるならば、情けが欲しい。公言することはないと誓う。言葉も望まない。頷いてくれるだけでいい」
「でも頷いたら、そういうことになるんスよね」
口約束だけの結婚で離婚。書面上は何もない。誰も知らない。でも心は違う。
初婚の相手はカルナで、次に結婚したとしてもそれは再婚になる。二人の中ではそういうコトになるのだ。いじましいようだが、実際は凄いことを言っている。
「あぁ、そうだ。そう思ってくれと欲している」
カルナは額にジナコの手を押し当てる。俯いた面は強張っている。頬も青白い。緊張にしても悲壮が過ぎた。
この男に、求婚しようと思っていた。上手くいかなくても、きっかけがあればと。そういう期待があった。ジナコにも、想われているという自負はあった。
(なんで他の人って思う。これは怒っていいやつでは? そりゃ、アタシからは何も言って来なかったけど)
そのツケと言われればぐうの音も出ない。考えていた言葉とは全然違う。場面も、カルナの頬だってこんなに青白いはずではなかった。
(合ってるのは、二人だけってことじゃない)
ジナコから求婚したのなら。中途半端な情報は、きっと間が悪いというものだったのだろう。ジナコもカルナも、どうにもそういう時が多い。
「いいっスよ。カルナさんと結婚しても」
ピクリとジナコの手を包む手が震えた。カルナは、今度は叱られた犬のようだった。
「ジナコ、離婚しよう」
「それはいい。離婚はしない。しなくても困んない」
「惨いことを言う」
硬質な声に、どちらがと思う。
『離婚はしない』
言葉だけならまるで未練だ。離れた心を繋ぎ止めようと足掻く――そんな想いをカルナはジナコに教えない。そのくらいの自惚れがある。でなくば、求婚に踏み切れるものか。ジナコは臆病なのだ。大丈夫だと思えるだけの感情が必要なのだ。
「頷いてよ。言葉は、後でいい」
望まないと、ジナコは言えないのだ。今はまだ、青白い肌が憎らしい。ジナコの頬は、火を灯したようになっている。
「カルナ。アタシは、あなたと離婚しない。したくない」
これでわからないと言うならば、本当に出直して来いというものだった。
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