甘やかす算段
2021年9月から2022年10月までのWEB再録集「PickOut50」収録のカルジナです。現代設定。
ジナコは詰めの甘い人間だ。「これで完璧!」そうドヤッた瞬間からこうなることは見えていた。
何故なら完璧とは油断のはじまり。それがお約束。ジナコはもちろんテンプレートを裏切らず油断した。「少しなら良いかな」と流され、――彼女の「完璧」は物の見事に破綻した。
「カルナさん、今からでも遅くないっス!」
ジナコはベッドの上で意気込んだ。
時刻は午前十一時。彼女が起床するには珍しい時間である。しかし、今日の彼女はもっと早くに起きる予定だったのだ。目覚ましもセットしていた。アラームはジナコが止める前に切られたようだが。誰にといえば、渋い顔でジナコを見下ろす男に、である。
「ジナコ、悪いことは言わない。今日は大人しくしていた方がいい。難しいことではないだろう。普段のお前だ」
両肩を抑えられ、ベッドに戻るよう促される。ジナコはその手をペシッと払った。
「二度寝は至福だけど今日はお断りっス! ジナコさんの計画はこんなところで頓挫しないんだからね! っていうか、誰のせいだと思ってんスか!」
「オレだな」
「わかってるなら協力する! はい、カルナさん、連れてって。準備はできてる」
ん、とジナコは両腕をカルナに向けた。抱き上げろということである。
さしものジナコも、常日頃からカルナに抱っこはねだらない。しかし、今は足腰が立たない。誰のせいと言えば……カルナのせいであり、ジナコのせいである。
ジナコの誕生日が終わり、日づけは月半ばを過ぎた。今日から数えること一週間前。カレンダーを見て、ジナコは「あ」と思ったのである。
十一月二十二日。良い夫婦の日だ。オタク的には推しカプの検索とブクマの手が止まらない日である。
彼女は供給にワクワクしたが、その翌日の祝日にも目を止めた。「勤労感謝の日」。勤労。ジナコには縁もゆかりもない単語だが、カルナには縁が深い。放っておくと会社に寝泊まりしているのがカルナという男だった。今はだいぶ改善されたが、それでも頼まれれば早朝も夜中も休日も仕事に行く。
今年のジナコの誕生日も、帰って来たのは日づけが変わってからだった。賞味期限の切れたケーキを提げて帰って来たカルナは見物だった。ジナコが不貞腐れるフリすら出来ない情けない顔だった。
思わず笑ってしまったジナコに、彼は愛想を尽かされたと思ったらしい。ストンと表情の抜け落ちたカルナに「あれ……?」とジナコが思った瞬間、視界は宙を舞っていた。
ジナコはソファでゲームをしていた。夜更かしをしていたのは少し顔を見たいなと思っていたからで、彼女としてはカルナが帰って来た時点で今年の誕生日はアリだった。
カルナはもっと色々としたかったのかもしれない。もしかしたら、準備もしていたのかもしれない。気にならないと言えば嘘になるが、ジナコはそれを素直に喜べるような女ではないのだ。なので、カルナはジナコの膝にしがみつかなくてもいい。
「カルナさん。ボクは誕生日とか記念日とかそういうの、こだわらないっスよ~」
ジナコはくたびれた白髪をポフポフと撫でた。カルナはその行動に何を思ったのか、ますますしがみつく力を強くした。
「オレが嫌なんだ。オレが祝いたい。お前が生まれた日を、オレといてくれることを感謝したい。なのに、オレはいつも見誤る」
「それ、カルナさんだけのせいじゃないと思うけど」
ジナコの所感では、カルナに頼めばどうにかなると思っている周囲が悪い。彼女が言って良いことかどうかはわからないが、転職して欲しいとも思っている。ジナコはカルナに健やかに長生きしてもらわねば困るのだ。
「愛想を尽かされても手離すことは出来ない。オレはお前のものだから捨てるなど言わないでくれ」
そんな予定はないのだが、カルナは「オレのような男は」と堂々巡りをする。
カルナは呆れるほどポジティブだが、それがいつもという訳ではなかった。疲れている時は生来の気質が顔を出す。しかたがないので、ジナコはカルナに約束をさせた。
その約束を使ったのが一週間前だ。十一月二十二日から週末まで、一週間の休暇をとること。先約はジナコ。他の誰に何を頼まれてもジナコを優先すること。
「人の命にかかわるっていうなら別だけど、それ以外はボクを優先して」
「わかった」
真剣な顔で頷いたカルナに、ジナコの計画は動き出したのだ。
とは言っても、彼女の計画とは「カルナをぐうたらさせること」である。カルナが頼まれるままに働くのは、だらけること良さを知らないからだ。ジナコと過ごしたいと言う癖にその欲求を抑え込めてしまうのは、ジナコの甘やかしが温いから。
一週間、ジナコはカルナをぐうたらさせて甘やかす。骨抜きとまではいかなくても、週末には帰ってきたくなるぐらいには味合わせたい。
(準備はできてた。完璧だった)
今、ジナコはお気に入りのソファの上にいる。それはベッドからカルナが抱き上げて運んでくれたからで、そのカルナの姿はない。ジナコがおつかいに出したのだ。しかたがない。ジナコが行く予定だったのだが、彼女は足腰が立たない。
「どうして大丈夫だと思った」
ポスリとジナコはソファに横倒しになった。体を受け止めるのは、フカフカのクッションたちである。彼女が横になるのを見越して、カルナが敷き詰めていった。甘やかしが手厚い。ジナコは肌触り抜群のクッションに額を擦りつけた。
「これだといつもと同じじゃない。ボクが甘やかされてどうするんスかぁ!」
予定では、今ごろはジナコの運転で温泉地に向かっているはずだった。
旅館の手配も、車のレンタルも、旅行鞄に荷物を詰めるのもジナコがした。冷蔵庫の中身も使い切るようにした。
カルナは出不精なジナコが旅行を選択したことに驚いていたが、家で過ごせばカルナはだらけも甘やかされもせず、家事にジナコの世話にと動き回るに決まっていた。そして、ジナコもその「いつも」に流される。
必要なのはいつもと違うこと。上げ膳据え膳は、ジナコの家事能力を考えた結果である。たまにはそういう贅沢も悪くない。
「一日目は休養日で、カルナさんも疲れてるだろうし、ダラダラして……午前中ぐらいまでは、ちゃんとダラダラしてた、……ような気がする」
記憶が曖昧なのは、ダラダラしていたのがベッドの中だったからだ。
だらける上においてベッドは間違いがないが、しかし、していたことはだらけるとは真逆だった。ジナコの日常で、最も疲れることをしていた。甘やかす、という点においては合っていたかもしれない。頬がジワジワと熱を集め出す。
「――カルナさんが悪い」
ジナコはボスボスとクッションを叩いた。そういうのは、今日の予定だったのだ。
旅館に着いて、美味しいご飯を食べて、大きなお風呂でのんびりとして、湯冷ましに散歩をして、その後の予定だった。ジナコはきちんと予定を立てていたのだ。
結果は前倒しでベッドに縺れ込み、足は立たず腰はガタガタ、体は余韻を引きずり熱っぽい。どれもこれもカルナが悪い。甘え下手なくせに上手に甘やかすのが悪い。ジナコの「完璧」は破綻した。でも諦めるのはまだ早い。ジナコはカルナをぐうたらに甘やかすと決めている。
(カルナさんがボクを甘やかそうったって、そうはいかないっス)
ドアが開く。カルナが帰って来たのだ。足音がしないのは、ジナコが寝ている可能性を考えてだろう。どこまでも甘やかしてくる。年季が違うと言おうか。それを一番、享受してきたのはジナコだ。これからもその予定である。だからこそ、この一週間は、と計画したのだ。
ジナコはソファにうつ伏せていた体を起こそうと試みた。驚くほど下肢に力が入らない。
「大人しくしていろ」
急いたように近づいてくるカルナは、いつかと同じ情けない顔をしている。ジナコはフスリと笑ってしまった。不機嫌な顔も作っていられない。笑うと体に響くのだが、安堵したように息を吐く姿がしょうがない。
「カルナさん、キー預かって来た?」
「あぁ、お前の指定の通りに用意されていた」
「荷物は?」
「積んだ」
「運転は?」
「オレがする」
「ジナコさんは?」
「オレが運ぶ」
カルナが腰を折ったので、ジナコは「ん」と両腕をその首に絡めた。
白皙が吐息の重なる近さになる。可愛げのある女なら、きっと甘くキスをするのだろう。ジナコには、逆立ちしてもできないことだ。
「カルナさん、約束覚えてる?」
「覚えている。この一週間、お前を優先する。大丈夫だ。お前を無碍にするような真似はしない。昨夜があの様では信じられないかもしれないが……」
「う、あれはその、まぁ、無碍にされた覚えはないからいいの!」
「だが」
「だがもかしこもない! 悪いと思うなら、今日はカルナさんがボクの言うこと聞いて。お世話して」
「元よりそのつもりだ。譲ることもない」
「物好きなことで」
手の届く距離で揺れる白髪をその耳にかける。露わになった目元は怜悧の正反対だ。これだからカルナはしょうがない。
今日はしかたない。甘やかされることに甘んじよう。でも同じ轍は踏まない。これはフラグではないので悪しからず。ジナコはカルナに、ぐうたらすることと、甘やかされることを知ってもらわねばならないのだ。
末永く、ジナコはカルナに甘やかされたい。
「ジナコ?」
「明日から本気出すから、覚悟しててよね」
ジナコは、だらけるのも甘えるのも下手だが、彼女を甘やかすことは上手い男の頬を突っついた。
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