スイートタイム・プラス・アルファ
2021年9月から2022年10月までのWEB再録集「PickOut50」収録のカルジナです。
カルナはジナコに食べ物を運んでくる。これは何かの比喩ではなく、文字通り運んでくる。曰く、食べて美味かったので持って来た。
(いつもは自分で動けって言うくせに)
これは矛盾ではないだろうか?
モグモグと口を動かす彼女の手には、クルミのタルトがあった。パリッとキャラメリゼされた一品だ。ローストされたクルミの香ばしさと、舌に絡むキャラメルのほろ苦さと甘さが至上。あと一個が止まらない。手のひら大のものなので、三つまでなら許容範囲だ。何の許容かは自分でもわからない。
(すっごく美味しい。好きな味に的中してる。これ、ガネーシャさんの神のパゥワーでお取り寄せ出来たりしないかな)
食べている最中から次を考える。切れ味抜群のコメント待ったなしだが、美味しいものは美味しい。
一つを食べ終えると、ジナコはキャラメルのついた指先を舐めようとした。行儀は悪いが、部屋にいるのはカルナだけ。今さら遠慮する方が恥ずかしい。その前に指は布巾で拭われたが。準備がよろしい。介護が板についている。
(カルナさん、ボクのことなんだと思ってるんスかね)
条件反射のように世話をされるほど自堕落ではないと思う。ジナコの認識の中では、だが。
(でも、こういうタルトは手でパクッと食べるのが美味しい)
ムゥッと唇を尖らせた彼女に、カルナは小言は言わず――どういう訳か動揺した。キョトンとしたジナコに、薄い青の双眸が彷徨う。
「えっ、どうしたんスか」
「いや、……美味くなかったか?」
「美味しいけど。すんごく美味しい。カルナさん、これどこで買ってきたの?」
「レイシフト先だ」
「と言うことは、特異点っスね」
このタルトとの次回は難しそうだ。となれば、今ある美味しさを味わいたくなるのが人というもの。
次の一個を手に取ったジナコに、カルナは雰囲気を華やげる。ホワッと頭上を花が舞ったように見えたのは気のせいか。訝るジナコを他所に、カルナは意気込む風情だ。
「同じものは難しいが、美味いものがあればまた持って来る」
「それは吝かではないっスけど」
「けど?」
カルナが語尾を引き取る。ジナコは、ほろ苦く甘いキャラメルとサクリとしたクルミを一口に味わいながら、どう聞いたものかと考える。しかしこのタルト、本当に美味しい。
カルナは今まで色々とジナコに食べ物を持って来たが、それが外れたことは一度もない。どれも美味で、ジナコの好みに的中していた。日常的に手に入るものなら、おやつの定番になる。だが、ジナコが用意したおやつにカルナが手をつけたことはない。カルナも美味しいと思ったはずなのに。
「カルナさんは食べないんスか?」
テーブルの上には家のような形をした紙箱がある。運んできたのはカルナ。中にはタルトが五つ入っていた。今は二つ。消費の内訳はジナコが三個(予定)。カルナはゼロだ。
「オレはすでに食べている。これはお前が食すといい」
「美味しかったのに?」
「美味かったからだ」
なら、なおのこと食べたいと思うのでは?
少なくとも、このクルミのタルトは今ある分だけだ。お腹がいっぱいだというなら、後で食べてもいい。ジナコは三つ目を食べている。
「後はカルナさん食べてよ。ボクは十分……って、何でショック受けてるんスか! ボクだって独り占めは心苦しいっていうか。カルナさんもタルト、美味しいって思ったんスよね?」
「思った。食べた時、これはお前の好きな味だと思った。だから持って来た。お前は五つは食すと思ったが、見方を誤ったか」
それは、そんな深刻な顔で言うことなのか。
タルトは美味しい。実を言わずとも、五つはペロッと食べられる。カルナは見誤っていない。色々と言いたいことはあるが、……それよりも。
「ボクの好きな味?」
ポカンと繰り返したジナコにカルナが頷く。
「そう思った。これはお前の好みだろうと。相伴に与る機会に恵まれた成果だな」
「それ、ドヤ顔で言うこと?」
「言うことだ。お前は美味いものを食べると、良い顔をする。段階は様々にあったが」
温かい指の背が、ジナコの頬を撫ぜる。
「今回は悪くない。金星だ」
「なに言ってんスか」
ペシリとジナコは頬を撫ぜる指を叩いた。愛しむ眼差しに頬に熱が集まるのを感じた。
そんなに食べる姿を見せていただろうか。相伴――カルナにも食べさせていただろうか? 食べさせていたかもしれない。だって、美味しいと思ったのだから。
「オレはあまり食に拘りがない。味よりも、どれだけ食えるかを考えてきた。それで問題はなかった」
食事は楽しむものではなく、体を維持するためのもの。サーヴァントとなってからも、その意識は変わらなかった。他に必要とする者があれば、施すことにも躊躇はなかった。
「今は、違うことを考えるようになった。もし、これを食べればお前はどんな顔をするだろう。喜ぶだろうか。笑うだろうか。そういうことを考える。食べてみたいと欲も出る。オレはそれが楽しい。美味いと、お前が旺盛に食べる姿を見ると、喝采を上げたくもなる」
小さく弧を描く唇は、楽しいことを教える子供のようだ。
ジナコは舌に残るタルトを思い出す。甘さも苦さも、美味しかった。好みに的中だった。それは偶然ではなく、理由があった。
(今回は金星って)
唇をムズつかせるジナコに、カルナは「これはお前のものだ」とタルトの入った箱を寄せてくる。
彼は全部、ジナコが食べると嬉しいのだろう。でも彼女はもっと美味しく、好みの味になる方法に気づいている。それを明かすのは恥ずかしい。でも、黙っているのも悔しい。天秤はカコンッと後者に大きく傾いている。
「カルナさん、ボクはこのタルト、すんごい好きな味っス。でも世にはアレンジするともっと美味しくなることもある。そうすると、ボクの好きの真ん中になるっス」
「お前の望むようにするといい」
「よーし、言ったっスね。それ、ボクが独り占めでもいい? それともカルナさんも知りたい?」
「……少し、分け前は欲しい。お前のものだと言った口で浅ましいとは思うが」
そう言うと思った。箱の中にタルトは二つ。
「ん」
ジナコはタルトを手に取ると、目の前の唇にくっつける。
「ジナコ?」
「知りたいんでしょ?」
丸くなる薄青の瞳に、ジナコは笑った。
カルナが見つけたジナコの好きなタルト。二人で美味しく食べたら、大好きの真ん中だ。
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