チョコレイト・リングは溶けない
2021年9月から2022年10月までのWEB再録集「PickOut50」収録のカルジナです。
今年もバレンタインがやって来た。
ジナコの準備は万端である。ルーチンは彼女の得意とするところだ。今回も散々に扱き使われてきた。
「マスターの分は準備オーケー。去年と同じだけど、手抜きじゃないし。それがお約束」
サーヴァントはバレンタインのプレゼントもお返しも、一度出したら変更不可だった。ジナコは今年もプレミアチョコケーキだ。甘いチャイもつける。
立ち上るスパイシーで甘い香りに気分は浮き立つ。バレンタイン、それ即ち約束されたトラブルの法則はおいておくとして、この季節には様々なチョコがお目見えする。マスターに渡すプレゼントは変更不可だが、大勢に振舞う分には問題がないのだった。どんなルールにも抜け道はある。
バレンタイン期間中はあちこちでティーパーティーが開催される。主人はフランス王妃であったり、ギリシャの神妃であったり、妖精國の女王であったりした。ちなみにインドの女神も主催予定だ。ジナコもホスト側で参加する。
「すごいことになりそう。特異点にならないといいけど……」
聖杯をピンハネするサーヴァントには心当たりが二騎ほどいるし、それでなくともインドにはアクセルしかいない。まず象を用意することに異論が出ない。時間も何時から何時まで、ではなく日単位で考える。月単位はジナコが止めた。
「マスターは今年もお疲れさまっスね~」
ヒョイッとジナコは口にチョコを放り込んだ。バレンタインチョコのおまけで取り寄せた徳用キューブチョコだった。包み紙は色とりどりだが、味は全部同じ。だが、このチープな甘さが恋しくなる時もある。
「こういういかにも『義理!』って感じのチョコって、カルデアだと逆にレアなんスよねぇ」
サーヴァントがマスターに渡すプレゼントは変更不可。つまり、最初の年が勝負であることを意味する。方々で人生をぶつける激重プレゼントが発生するのは必定。良くも悪くも、常識の枠に捕らわれないのが英雄だ。「気軽に」も「大したことはない」もまるでアテにならない。
だがファーストインパクトを越えれば、次はセカンド。少なくともマスターには心の準備ができるし、カルデア側にも対処の仕様ができるだろう。おそらく。
カルナの例のピアスが今年で何個目だとか、アルジュナの例の矢が今年で何本目だとか「アンタたち変更不可だってほんとにわかってた……?」という代物も散見されるが、彼らが際立っているわけではないところがカルデアだった。サーヴァントが集まると普通がバグる。
「ボクのチョコは、正真正銘すごく普通。ガチャでいうならN」
凝ってもいないし、手作りですらない。はっきり言って地味だ。義理よりはちょっと上。労りの気持ちはあるけれども。
「でも可も不可もなく普通に美味しい。それがプレミアロールケーキ。こういう軽~いプレゼントもありでしょ。箸休め的な意味で」
うんうんとジナコは一人で頷いた。
彼女はチョコケーキの盛りつけとチャイの支度のために食堂に来ていた。ジナコは後はマスターの部屋にお邪魔するだけだが、キッチンは戦場の様相を呈している。毎年同じとはいえ、作る手間が軽くなるわけではないのだ。
たとえばパールヴァティーのナンディーチョコ(1/1スケール)。物理的にも作業量的にも重い。カルナも彫金に勤しんでいるだろう。彼はランサーとセイバーの二つ分を作る。
カルナのお返しは、レオナルド・ダ・ヴィンチをして「本当に大丈夫なやつ?」と言わしめた、インドはヤバいを印象づけた一品(決定づけたのはアルジュナ)だ。カルナには、セイバー分は例のアレ以外を用意するという選択肢もあったはずなのだが。アルジュナ・オルタは例の矢ではないのだし。
「カルナさん、出来ると思ったらやっちゃうんスよね。ちぎりパンじゃないんだから、ほいほいパーツ抜いたら駄目だと思うんだけど」
「少しだ」
「少しでもダメ」
「ちょびっとだ」
「言い方じゃなぁいっ! って、カルナさん!?」
いつの間に。
振りむいたジナコは慄いた。カルナはジナコの手元を覗くように立っていた。とりあえず距離。
驚くジナコに、カルナは考える素振りを見せると「お前がそのチョコを普通と言い始めた頃からだ」と言う。思うより前からいた。独り言を聞かれたジナコの身にもなれと言いたい。単純に、声をかける機会を窺っていただけかもしれないが。
「それは今年の分か?」
「へ? そうだけど」
カルナが支度の終わったチョコケーキとチャイに視線を据える。その怪訝な顔はどういう意味だ。
「これ、去年と同じやつっスよ?」
ついでに言うと、一昨年とも同じである。変更不可なので。
「謙遜は美徳だが、これを普通と言うのは無理があるぞ。ケーキもチャイも糖の塊に齧りつくようだ。お前の用意するものはすさまじく甘い」
「糖の塊って、チョコなんだから甘くていいの!」
「限度がある」
「うわぁい、カルナさんにだけは限度って言われたくないんスけど~。ボクのチョコは普通っスよ?」
ジナコは白々と言い返した。しかし嘘ではない。胸を張って言える。これは気軽に受け取れる大したことのないものだ。どこぞの誰かさんとは違う。
その証拠に、ジナコのチョコは一点物ではない。働いた分だけ手に入る量産品。ジナコはマスターに贈る分の他に、自分へのご褒美もしっかり取り寄せている。徳用チョコにしかり、プレミアロールケーキにしかり。
「まぁ、ボクのチョコがカロリーは正義! なのはほんとだけど、人のチョコにダメだしするの、御法度中の御法度なんだからね! デリカシーがないの極めつけっス!」
「感じたままを言ったまでだ」
「失礼が失礼でコーティングされた。ほんと、何しに来たんスか。パパッと抜いた例のアレ、作り終わったの?」
「終わった」
「そっスか。お疲れ~」
「労いには及ばない。オレが好きでしていることだ」
「マスター、喜んでくれるもんね。ボクも何だかんだで用意しちゃうし」
当初は自分には関係のないイベントだと斜に構えていたが、気づけばバレンタインに間に合うように準備するようになっている。
「さしものお前も、マスターには絆されたか」
「さしもは余計っスよ」
「絆された、は否定しないのか?」
「しなくて悪い?」
唇を尖らせたジナコに、カルナはわずかに目元を緩めた。
ジナコはマスターが大事だ。好きと言ってもいい。嫉妬はする。でも尊敬している。マスターなら、しょうがない。そう思っている。
「悪くはない。お前がと、感慨深くすらある。諾しきれぬものはあるが、これはオレの未熟だ」
「悪かったっスねー。ボクみたいなイロモノがマスターのこと大好きで! なんスか、その『信じられない』みたいな顔」
「……お前のような者を悪魔と言うのだろうな」
「はぁ!? ガネーシャさんは秩序・善の神霊サーヴァントっスけど!?」
神と悪魔は紙一重ともいう。ガネーシャ神も元は悪神だったとも言われるが、今は現世利益直結の引きこもり型メタボ象だ。人を堕落に誘う勤勉さはない。ジナコにもない。
「小を忘れた」
「……コ?」
コとはなんだ。カルナはたじろぐ様子を見せた。視線が泳いで、ジナコのチョコに止まる。
(コって、チョコのこと? 食べようと思ったのに、忘れたってこと?)
彫金は根気のいる作業だという。疲れた時には甘いもの。わかりみが深い。
チョコはある。テーブルも空いている。あとはバレンタインの最大ハードル、受け取るかどうかだが、その心配はなかった。
「ガネーシャ神、何故オレにチョコを押しつける。運べということか?」
「ちっがーう! 押しつけるって、他に言い方ないんスか。それ、カルナさんにあげる。ボクのチョコ、すさまじく甘いかもだけど、本当に普通なんだから。沢山あるからカルナさんにもあげても大丈夫だし。他の人ではこうはいかない。これを普通と言わずして何を普通と言うのか。というわけで、はい、ハッピーバレンタイン。糖の塊っスよ~」
ジナコは、チョコケーキとチャイのプレートをカルナに押しつけ、ではなく渡した。マスター用に支度したものだが、困ることは全くない。第二第三のチョコロールケーキはある。
「これは、オレが得ていいのか?」
「ダメなら渡すわけないでしょ。ボクも食べちゃおーっと」
ちょうどキッチンではパールヴァティーのチョコが完成したところだ。素晴らしすぎるリアリティとウェイトを有するチョコは、これからマスターの下に向かうのだろう。つまりジナコは待機するのが良し。
誰も見ていないところで、二人きりで渡したいのがバレンタインというものだ。ジナコはカルナに食堂で渡したが。情緒もへったくれもない。
それもそのはず。彼女にカルナに渡す予定はなかった。なんとなく、そういうことになっただけだ。感謝の気持ちがないとは言わないが、無計画。間違いなくジナコだと太鼓判をもらえるだろう。誰にとは言わない。しかし――。
(カルナさん、すごいソワソワしてる)
考えが浅い。見込みが甘い。衝動で手に余る行動をする。嬉しくない定評のあるジナコだが、次に起こることは予想ができた。
カルナは言うタイミングを見計らっている。見計らい過ぎて言い損ねる可能性は大だ。カルナは良く機を逃す。
「それ、去年と同じ普通に美味しいチョコケーキっスよ? カルナさんも味、知ってるでしょ。糖の塊に齧りつくような甘ーいやつ」
しぶしぶ、ジナコは会話の接ぎ穂を出すことにした。ピクリとカルナが反応する。わかりやす過ぎやしないだろうか? ジナコはニマッと笑ってしまった。カルナの目には「今だ」という意気込みが見えた。
「知っている。これは、チョコを名乗っていいのかと思うほど甘い。一昨年より去年、去年より今年の方が甘いのだろう」
「何言ってんスか。味は変わんないっスよ。バレンタインのチョコはカロリーも変更不可だし、そんな信じられないって顔しても本当だからね?」
ジナコは追いチョコなどしていない。本当だ。まぁ、自分の分にはちょっと気持ち、足すかもしれないが。
カルナの視線がジナコの背後に移る。彼女の後ろにはテーブルがあり、その上には金やら銀やらの包み紙があった。「コンロがあくまで小休止~」とヒョイパク食べたキューブチョコの包み紙である。
「うぐっ、あれはボクが食べたの! それは正真正銘、いつもと同じプレミアチョコケーキっス! だーかーら、そんな信じられないって顔しない! 甘いっていうのは、ええっと……カルナさんのせいじゃない? ほら、カルナさん普段から甘いもの食べないし」
今日が珍しいのだ。カルナは滅多に甘いものは口にしない。セイバーの時はそれが顕著になる。一昨年より去年というなら、そういうことだろう。カルナがボクサーもとい、サンタになったのは去年のことだ。証明終わり。間違いなし。
「そのチョコはいつも同じ。食べればわかる」
「……わかった。その意味は食べて判断するとしよう。オレはお前からチョコを得た。ならば、返しの品を」
カルナがようやく本題を切り出した。このランサー、SSRなんてものではない武具をまたやったな、と思うが彼の中では、自分が用意できる一番素晴らしいものが黄金の鎧なのだろう。
「いいっスよ。それ、お裾分けみたいなものだし」
「オレもお裾分けのようなものだ」
「黄金の鎧の?」
「良くわかったな」
「わからいでか! マスターは良いけど、ボクはなし! 出来るとやっていいは別!!」
カルナはチョコを見てジナコを見ると、ムゥッと眉間に皺を寄せた。不満ですと大書きされている。
「施されたままというのは、性に合わない」
「言うと思った。思ったけど、……あー、じゃあ、お返しはこれでいいっスよ」
ジナコは徳用チョコ――ではなく、その包み紙を一枚抓んだ。食堂の明るい照明に、キラキラとチープに光る金色は、CHOCOLATEとこれまたチープに印刷されている。
「これでいい?」
カルナが不思議そうな顔をする。さすがに察しろというのは無理があった。ジナコも今思いついたことだ。安心安定の行き当たりばったり。そして彼女の思いつきは、一瞬後には自分の首を絞める。
(なんでこれを思いつく。他に欲しいお返しあるじゃんか。周回の交代とか、そういう消え物!)
カルナが「どうすればいい」と重ねる。これは一から十まで説明しないと引かないパターンだ。嘘を吐いても貧者の見識が阻むだろう。ジナコは墓穴を掘ることにも定評があった。
「ガネーシャ神。お前がどう思っているにせよ、チョコの返礼がただの包み紙というのは釣り合わない。オレに触れたものを黄金に変える力があれば良かったが、そういうものには覚えがない。黄金の鎧ならばある」
「あくまでそっちに持ってくんスね!? そういうのはボクにはなしって言ったばっかなのにぃ」
「オレは承諾していないからな」
「ああ言えばこう言う。ボクはこれでいいっスよ」
もちろん、お返しを名乗るからには手はかけてもらう。
「いい? これをこうして、ちょちょいのちょいっ、と」
カルナの目の前で、ジナコは金色の包み紙を細く折りたたんでいく。手順は簡単、折った後は端と端をくるりと巻けば完成だ。
「ほい、出来た。バディリング~、なんちゃって。これ、今年の流行らしいっスよ」
「――気は確かか?」
「真剣に人の正気を疑わない! なんか文句ある!?」
大方、そんなものでいいのか。もっと欲張れば、というようなことを言いたいのだろう。カルナはわかっていない。
(これくらいがいい時もある)
誰かに渡すのであればチョコの包み紙はないと止めるが、ジナコには丁度いい。
バレンタインの喧騒の中で、新しい概念が抽出された。サーヴァントを強化するコマンドコードだった。指輪のカタチをしたそれは、贈る者も贈られる者も幸せだ。相手と自分が補い合える、助け合えるという自信がある。
(アタシが、誰の相棒になりたいか、なんて)
それは、彼女には寝言でも言えないことだった。身に染みているのだ。昨日も、今日も、いつかの明日も。
最高と最低は釣り合わない。守られるのも、助けられるのも、与えられるのも一方通行で不均等。でも、彼女はカルナしか知らなかった。
「カルナさんがくれるなら、こういうのもありになる。なんスか、そのビックリ顔」
カルナも目を丸く出来たのか。やはりチョコの包み紙はなしか。でもカルナのお返しはつまり例のアレだ。
アワアワとするジナコに、カルナは深々と、それはもう肺が空になるのでは? というほど大きな溜息を吐いた。
「お前は、そういうところだ」
「どういうところよ」
言葉が大変足りていない。だがカルナの表情筋が仕事をするなど、明日は槍が降るかもしれない。
カルナが包み紙を一枚取り上げる。偽物の金色でも、カルナが持つと本物に見えるから不思議なものだった。
「この包み紙で指輪を折れば、お前は受け取るのか?」
「まぁ、そうなるっスね……?」
詳らかにされると羞恥が来るので、確認しないでもらいたいのだが。カルナは「そうか」と噛み締めるように繰り返してくる。
「その指輪はどうする」
「これ? 別にどうもしないけど」
カルナに見せるために作った指輪だ。
「見せただけ。やはり、お前は悪魔――」
「人聞きが悪い! どうしろって言うんスか、こんなの」
「オレが欲しい」
「……はい?」
「大切にする」
唖然とするジナコに、カルナが目を揺らした。
「大切にしては、駄目なのか」
それは指輪のことか、それともそれ以外のことなのか。本当に言葉が足りない。だから、ジナコは都合よく考えたくなってしまう。もしも、その「大切」が。
(アタシが、マスターだったこと)
あり得ない。だけれど、そうだったなら。まるで悪魔の証明だ。
「カルナさんこそ、そういうとこっスよ」
「お前には負ける。お前は黄金の鎧は駄目だと言う。だが、覆したくなることを平然と言う上にする上にやる」
「おまいうここに極まれりっスね」
バレンタインのプレゼントは変更不可だ。ジナコは今年もプレミアチョコケーキとチャイだった。カルナに渡したのも同じ。でも贈るのがマスターでないのなら、制限はない。そんなルールの抜け道に、ジナコは言い訳を見つけている。カルナのせいだった。
「カルナさんはすごい人だから、たくさんの人が同じことしたいって思うと思うけど」
ジナコは言葉を切ると、コテリと首を傾げた。
カルナは何も言わなかった。続きを促すことも、欲しいとも重ねなかった。もうわかっているのか、それとも何かを言って覆るのが怖いのか。ほんの少し、ジナコは泣きたくなった。
いつかと変われない手の上で、偽物にも本物にも見える金色が煌めく。馬鹿な男だ。その指を占めたい人は、それこそ星の数だ。それなのに――知っているのに。
ジナコは手を握りしめようとしても出来ないのだ。簡単に潰せる指輪が意味を持てることに気づいてしまった。
悪魔のよう、と言われたことを思い出す。ほんと、何て言い草だ。だけれど間違いじゃない。ジナコは悪いことをする。
(アタシの相棒になってくれる?)
そんな溶けない想い、あるいは願い。
この心を渡したい相手を、ジナコはカルナしか知らない。
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